企画展 「布のすがた―いまむかし」 染織作家、それぞれの視点
舘 正明(たて まさあき)/布のすがた実行委員 大阪芸術大学 工芸学科 准教授
撮影:神尾 康孝
「布」は私たちの暮らしには必要不可欠な素材です。それはいまもむかしも変わりはありません。この展覧会はその「布」に注目し、昔の人々が日々のくらしの中で使用してきたものと、現代の私たちが手にし、目にするものにはどのような関係があるのか、という問いが出発点となっています。
本展においてその問いに答えているのが大阪芸術大学工芸学科テキスタイル・染織コース出身の作家達です。各作家が今昔館の収蔵品から自身の制作と関係するものや興味をひかれるものを選び、その答えとなる作品を提示しています。
では現代の染織作家が制作した作品と今昔館の収蔵品にはどのような関係が見られるのでしょうか。会場には色や形など共通の要素で構成された作品もあれば、作品と収蔵品の関係が一目では理解できないものもあります。私はそれらの関係を探るキーワードは「視点」であると考えます。
本展は前期と後期に分かれ、一部の作品、収蔵品の展示入れ替えを行います。この文章を皆様が読まれている頃には前期の展示は終了しています。そこでここでは展示入れ替えとなった前期展示の作品を取り上げ、作家が収蔵品との関係を語るコメントの一部も踏まえながら、現代美術を主な発表の場とする作家達のそれぞれの視点を眺めてみたいと思います。
上田恭子(うえだきょうこ)の「Layers of Life」は絹布(けんぷ)やポリエステル紗(しゃ)などを素材とし、縫いなどの加工をした薄手の布が重なった作品です。共演する収蔵品は、白の襦袢(じゅばん)の下から紅色の胴裏(どううら)が透けて見える「白縮緬袷長襦袢(しろちりめんあわせながじゅばん)」が選ばれており、作者のコメント「どんな色に染まるのか、おこるであろう人生の山谷の予感」が作品タイトルにある「Life」の言葉とリンクし、その意味を考えさせてくれます。
梅崎瞳(うめざきひとみ)の「なにごこちー壱」は横幅が3mもある大作の型染め作品です。選んだ収蔵品の「桃色流水菊刺繍大振袖(ももいろりゅうすいきくししゅうおおふりそで)」には大胆な構図で描かれた流水紋があり、その流れと呼応するように作品にも水の流れが染められています。「着る人に対しての願いや、その周りの空間へあたえる思いやりを文様は大切に伝えてくれている」というコンセプトのもと、身体と空間の両方を包み込む文様へのアプローチが考えられています。
小野山和代(おのやまかずよ)の「ものがたりBOX」は、ポリエステル布を熱着した基布(きふ)に、黒の細い縫糸で文字などを細かくステッチした繊細な作品です。作者のコメントにあるように加齢とともに人の皮膚にあらわれる、しみ、しわ、たるみと、衣類にあらわれる、しみ、しわ、ほつれなどのマイナスのイメージを布の表情の利点としてとらえ、収蔵品の襤褸(ぼろ)と作品との共通項を提示しています。
河合芙幸の「名残」は、作者が「お人形たちに既製品ではなく、自分で考えた自分の好きを着せたいと思い描いていた幼い頃の私の夢」と語るように、収蔵品のポーズ人形に合わせたミニチュアサイズの着物を蠟染めの技法で制作した作品です。着せ替え人形のように楽しむ姿が想像できます。
岸田(きしだ)めぐみの「夜更けの雨」は、既製品の傘の骨を支持体にして、綴織(つづれおり)の技法で雨が流れる模様を織り込んだ作品です。「造形のおもしろさに重きを置いた染織品と、実用性のある染織品の表現を対比して見ながら、それぞれの水の模様から醸し出される情景を楽しんでほしい」と作者のコメントにあるように、収蔵品の帯の波模様と合わせ、様々なフォルムに変化する水の存在を考える作品です。
坂本大地(さかもとだいち)の「assimilation」はワークショップ用活用資料である「鮫小紋訪問着(さめこもんほうもんぎ)」の右袖に作者が染めた藍抜染布が補填され、一体の作品となっています。作者はコメントで「資料の藍染めの着物は生活の中で使われていた日用品で、私が制作する藍染め布は芸術作品と考える。(中略)それらがひとつに同化し共演する時、それはどちら側になるのか」という問いをこちらへ投げかけています。
髙橋亜希(たかはしあき)が選んだ収蔵品は「揚羽蝶円紋金襴錦打掛(あげはちょうえんもんきんらんにしきうちかけ)」で、とても煌びやかなものです。対して作品の「invade」は裂織(さきおり)の技法で制作された濃色のもので共通項がないように思われるかもしれません。しかし作者はコメントで「全く相反する作品だが、陰と陽を感じていただければ良い」という視点での共演を提示しています。
巽美由紀(たつみみゆき)の「かわらない日々」は窓から見える風景が描かれた綴織のタピスリーです。共演する収蔵品は「緑鼠(みどりねず)ジョーゼット簾(すだれ)に葵文様単衣中振袖(あおいもんようひとえちゅうふりそで)」を選んでおり、風を通す簾が快適だったかつての日本と、酷暑が当たり前となった現代において日差しを遮ることが目的のタピスリー、これらの機能面での差異を考える問題を提起しています。
濵久仁子(はまくにこ)が選んだ収蔵品は布が関係するものではなく「扇風機」です。「おやっ?」と思われるかもしれませんが、これも作者の視点ではないでしょうか。柔らかなフェルトで作られた幼子の顔が、古い扇風機の前で戯れている光景は思わず微笑んでしまう和やかな情景で、懐かしさを想起させる狙いが感じられます。
このように、今回取り上げた9作家にはそれぞれの異なる視点が見られました。現在は後期の展示となり、通期で展示されているものも含め、合計16名の作品とその作家が選択した収蔵品が並んでいます。そのそれぞれに前期とは異なる視点が存在しています。ぜひ、現代の染織作家が考える多様な視点をご高覧ください。
企画展「布のすがた―いまむかし」
2024年10月23日(水)〜2025年2月2日(日)