ページの先頭へ
大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

コラム 首藤太一氏

 現在本邦には82 の医学部・医科大学が存在し、毎年約9000人の新しい医師が誕生しています。彼らはみな超難関入学試験を突破して各大学に入学後、6年間医学生として多くのカリキュラムを終えたのちに国家試験をパスして医師となります。このため世間の方は、「医学部に入学するくらいの人やから、頭ええのちゃうの」だったり、「お医者さんになる人は、世の中のことよくわかってはるんちゃう」等の意見を彼らに対してお持ちだと思います。

 

 しかし、長年多くの医学生や若手医師と接してきたわたくしには、非常に耳の痛いところなのです。確かに彼らは勉強はできるのですが、頭がいいとは必ずしも言えません。さらに、世の中のこと、ましてや「酸いも甘いもかみわける」若手医師にはあまりお目にかかりません。要は世間の若者のうち、数学、理科、英語の問題が良く解ける人種に過ぎないのです。ただし、彼らには非はありませんし、一生懸命勉強に取り組んできたため、素直でまじめな人材も多いものです。

 

 では、なぜ世間の方が求める医師像と「ずれ」てしまうのでしょうか?その原因に本邦の試験形態が大きな影響を与えていると考えています。前述の入学試験も国家試験も、【次の5つのうち正しいのはどれか?】という「多肢選択問題」(multi choicequestion; MCQ)をマークシートで回答する形式で行われています。記述試験よりMCQをマークシートで行った方が、採点が早く、低コストで、短時間に多くの受験生の結果を客観的に判断できるメリットがあるからでしょう。ただこの試験形態には大きな弊害があります。彼らは問題を解くというより、5つの選択肢からいかにミスなく正解を「選択」するかに特化しています。つまり医師となるまでには、必ず「答えのある問題」しか解いていないのです。

 

 しかし、医師となった現場ではそのやり方だけでは通用しません。たとえば80代の同じ肺炎患者でも、その対応は異なります。おひとりでお住まいか、家族とお住まいか?認知症はあるのか、ないのか?自力で食事ができるのか、できないのか?すなわち病態だけでなく患者の背景にまで思いを馳せた個々の対応法を自分自身で考え出さねばなりません。もちろん治療法に関しては「ガイドライン」と呼ばれるマニュアルは存在するのですが、一人一人に応じた答えを自分自身で創造しないといけません。

 

 必ず「答えのある問題」しか解いてこなかった彼らの中には、「答えがない」と戸惑う医師も多いものです。そんな彼らにわたくしが伝えるのが冒頭のことばです。『答えがないのではない。【答えは人の数】だけある。それを生涯かけて考え続けないといけない』 

 

世間の方が求める医師を輩出するのがわたくし達の使命ですが、それには時間と手間がかかりますし、わたくし達だけでは彼らは育ちません。求める医師を育むためには、みなさまのご理解とご協力が必要です。何卒よろしくお願いいたします。ありがとうございます。