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大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

近世都市に展開する多様な生業 寄託資料「職人尽屏風」より

職人尽屏風

大阪くらしの今昔館では令和2年2月に新収蔵資料として「職人尽屏風(しょくにんづくしびょうぶ)」を受託しました。

 

本屏風は縦135㎝(本紙131.5㎝)横375㎝(367.6㎝)、八曲(はっきょく)一双(いっそう)の仕立てです。

 

作者は不明ですが、画中の人物の着物や髪型など風俗的な意匠から、制作年代は江戸時代中期以降と推定されます。

 

右隻左隻(うせきさせき)それぞれに、通りに沿って町家が並ぶ近世の都市景観が描かれ、店の間で活動する職商人の姿を中心に、通りや川、浜地で働く庶民の姿が描かれています。

 

ここでは、本屏風に描かれた種々多様な職商人の姿から、近世の生業(なりわい)と都市の生活世界を読み解いてみたいと思います。

 

職人尽絵とは

職人を描いた絵画類は、鎌倉時代に制作された職人歌合絵巻(注1) が始まりとされています。
(注1)職人を題材とした歌合で歌、判詞に職人の姿絵が描かれました

 

以来、数多くの職人図が描かれ、近世に入ると、当時流行していた風俗画と掛け合わされた職人尽図屏風が盛んに制作されるようになりました。

 

現存する職人尽図屏風のなかで最も有名なものが、近世前期に活躍した狩野吉信(1552-1640)の制作とされる埼玉県川越市喜多院所蔵の「職人尽絵屏風(注2)」 です。
(注2)国指定重要文化財。紙本着色。近世初期における代表的な風俗画 

 

六曲(ろくきょく)一双(いっそう)の各扇(かくせん)にそれぞれ2図が貼られ、合計24図で構成されています。

描かれているのは仏師、傘張り、革細工師、鎧細工師、表具師、糸師、型置師、筆結(ふでゆい)、扇師、檜物師(ひものし) (注3)、研師(とぎし)、弓師、念珠挽、鍛冶師(かじし)、機織師、刀師、矢作師(やはぎし)、蒔絵師、向膝師(むかばきし)(注4) 、番匠(ばんしょう)、畳師、桶結(おけゆい)、縫取師、纐纈師(こうけちし)(注5) 、藁細工師の25種です。


 (注3)桧などの薄板を用いて、円形や楕円形の容器を作る職人
 (注4)中世から近世の頃、遠行の外出・旅行・狩猟の際に両足の覆いとした布や毛皮の類を作る職人
(注5)絞り染めの職人

 

職種ごとに職人の動作、衣装、道具、材料などが描かれています。この喜多院本と類似の構図・図様の作例は多数現存し、描かれる職種に定型があったようです。

 

寄託資料「職人尽屏風」に描かれた生業

 

今昔館寄託資料の「職人尽屏風」は、八曲全体に都市の景観が大きく描かれ、その中で活動する職人や商人の姿が描写されています。

 

右隻

 

まず、右隻から見てみましょう。第一扇第二扇には鍛冶屋、檜物師、大工が描かれています。

図1

大工は町家の出格子を造作しており、手伝いの男が格子の材料を運んでいます。傍らではこの家の主人と思われる隠居風の男性が大工の仕事振りを見守っています【図1】。

 

隣の町家では檜物師が薄板を削り、室内に三宝など完成した曲げ物が置かれています。その隣は鍛冶屋です。鍛冶師が打っているのは小型の鉄片なので、刀鍛冶ではなく、包丁や大工道具などの日用品なのでしょう。

 

図2

第三扇では左官が3階蔵の壁を塗っています。櫓(やぐら)を組んで2階の壁を仕上げています。櫓の上の職人に、下から別の職人が長い柄の付いた鏝(こて)台(だい)で漆喰を渡しています。高所の左官作業の手法を窺うことができる興味深い描写です【図2】。

 

第四扇は足袋屋で、生地を裁断しているところが描かれています。

 

第五扇は烏帽子の仕上げに漆を塗る烏帽子(えぼし)折(おり)が描かれています。その隣の町家では、念珠師が数珠玉に糸を通す作業をしています。念珠屋の二階の窓は仏具を象徴する花灯窓で描かれています。

 

第六扇は本屋です。ここは角地のため、通りに面した二方向が開放されています。店の間では紙を滑らかにする紙打ちと、本を綴じる製本の様子が描かれています。本屋の上手(かみて)には研屋があり、その隣では傘張りが作業をしています。また、本屋の向かいの町家では仏師が仏像を彫っています。

 

第七扇では柄巻(つかまき)師が刀の柄に糸を巻く姿が描かれています。その隣は染物屋で、女性が床下に埋め込まれた染料の甕に生地を浸しています。さらにその隣の町家で作業するのは弓師です。

 

左隻

 

左隻は第一扇から第六扇まで画面中央に町並みが続き、第七~八扇にかけて画面の上方から下方に橋の架かる川が流れ、変化のある町並みが描かれています。  

第一扇には筆結(ふでゆい)と木地師。筆結の軒には筆を描いた看板が下げられ、店では筆師が小刀を使って毛の調整や仕上げをしています。木地師は轆轤(ろくろ)を使って椀や壺型の器を作っています。

 

第二扇は呉服屋。店舗間口の約半分は黒い長暖簾で覆われています。呉服屋では反物の日焼けを防ぐために長暖簾が用いられました。残りの半分は開放されていて、反物を広げて客に対応する手代の姿があります。

 

第三扇は薬屋で、薬(や)研(げん)で薬草を砕く様子と、薬を袋に詰める作業が描かれています。薬屋の向かいは味噌屋で外壁に杉玉が飾られています。杉玉は酒造や醸造業者が店頭の飾りとして用いました。

 

第四扇は扇屋。店の暖簾は扇の柄です。3人の女性が分業で扇を作製しています。その隣の町家には糸繰りをする女性が描かれています。

 

第五扇は川からの町の入り口に当たり、ここには両替屋があります。店の間には秤(はかり)、丁(ちょう)銀(ぎん)、分銅(ふんどう)があり、手代が竿秤(さおばかり)で小玉銀を測っています。

 

このように職人と商人合わせて約20種の生業が描かれています。本来、表通りに面する店の間は商いの空間で、職人は路地奥に作業場を構えることが一般的ですが、職人の姿を描くことをテーマとしている本図では店の間に職人を配しています。

 

さて、本図と喜多院本に描かれた職種を比較すると、鍛冶師、大工、傘張り、仏師など共通するものがある一方、喜多院本にあった職種の半数が描かれていません。

 

反面、喜多院本に見られない本屋、薬屋、呉服屋、両替商といった商家か描かれています。職工の姿が減って、商家の商いの様子が多く捉えられているところに、近世中期以降の都市生活の成熟が反映されているといえるでしょう。

 

都市の賑わい
図3

都市景観を描いた本図には、通りや川、橋、浜地といった屋外空間での様々な生業が描かれています。大通りをみると、大量の薪を運ぶ馬子や頭に薪を乗せた大原女がいます。

 

また、天秤棒に水桶や笊(ざる)を付けた振売り、瓢箪(ひょうたん)を叩きながら歩く茶筅売りの姿もあります。大きなつづらを背負った男は地方からの行商人と思われます。

また、客を乗せた駕籠屋が何組も描かれています。その他にも、風呂敷を背負った商家の手代や丁稚もいます。

 

また町家の軒先で尺八を吹く虚無僧(こむそう)と、その虚無僧に店の女将がお布施を渡している場面も描かれています。

別の町家の前では琵琶(びわ)法師(ほうし)が佇み、少し離れて猿回しが芸を披露するなど、通りには芸能者の姿もあり、これらを面白そうに見物する人々もいます。

 

一方、川をみると、米俵を積んだ舟が岸に繋留され、人足が浜地に米俵を下す作業をしています。積み上げられた米俵の前で、筆と帳面を持った2人の男が商談をしています。卸問屋と米屋が値段交渉をしているのでしょうか。

 

交渉が成立したのか、べか車(注6)で米俵を運搬していく商人の姿もあり、活発な商いの様子が窺えます。米俵の周りには商人だけでなく、腰掛けて雑談する人足や、こぼれた米粒をついばむ鶏たちもいます。米俵から少し離れた橋のたもとには駄菓子を売る露店が出て、子どもが興味を示しています【図3】。

(注6)荷車のことを大坂ではべか車と呼んだ

 

川沿いの空地には茶店が設えられ、床机に掛けて川を眺めながら一服している客がいます。向こう岸では、公家屋敷風の家の門前に、立売の一服(いっぷく)一銭(いっせん)の茶屋が出ています。

 

川の中に目を向けると、鵜匠とシジミ取りが漁をしています。そのすぐ上流には客を乗せた渡し船があり、乗客たちは酒宴をしています。

 

都市に展開される生業と、それを享受する人々によって賑わいと活気が創出されています。本図には町家の店の間、大通り、浜地、空地、川といった都市のあらゆる場所で、様々な生業を営む職商人が描かれています。

 

それらは、衣・食・住に直結して日常の暮らしを支えるもの、信仰、医療に関わるもの、娯楽的な要素を持って暮らしに潤いを提供するものなど、実に多彩です。多種多様な営みが並行して展開される生活世界が捉えられており、近世都市の賑わいと活気を読み取ることができます。

 

◆「職人尽屏風」は企画展 「浪花なりわいづくし」で展示します。
(右隻:前期、左隻・後期)

 

深田 智恵子(大阪くらしの今昔館学芸員)