漆×造形
漆と聞くと、椀や箸、盆、重箱などの比較的身近にある漆器類や、金銀の文様で飾られた華やかな調度を連想する人が多いかもしれません。日本では縄文の頃より実用性と美観に優れた塗料として漆が多用されてきましたが、その造形は液体という性質上、常に他の素材を支持体(しじたい)として成立してきました。
古今を問わず、一般的な漆器に多いのは木を利用した木(もく)胎(たい)と呼ばれる技法ですが、他にも竹や蔓(つる)植物を編んで素地とする藍(らん)胎(たい)、薄くテープ状にした木を巻き取り成形する巻(けん)胎、和紙を貼り重ねる紙(し)胎などが用いられてきました。また現在では、伝統的な素材以外のものを作品の土台とする造形表現も現代作家を中心に試みられています。
堺出身の漆造形作家、栗本夏樹の作風は、その初期にあたる一九八〇年代において、既に従来の漆工芸の枠を超えた大規模で独特なものでした。栗本は当時漆工の分野ではそれほど普及していなかった発泡スチロールを原型に採用することで巨大な作品の軽量化をはかりました。
さらに作品の曲面となる部分には、古代において仏像を造る際に使用された乾漆(かんしつ)技法を用い、平面部分には薄い合板を貼り表面を木質化することで、伝統的な漆下地の工程や塗り、加飾表現を施す方法を生み出しました。栗本の制作スタイルは、従来の漆工技法を現代的にアレンジしたものであり、その大胆な造形表現は当時大きな驚きをもって迎えられました。
一九九四年、栗本は大阪南港にオープンしたアジア太平洋トレードセンター(ATC)のロビーに設置するモニュメント制作の指名コンペティションに漆造形作家として参加します。 この時に選出された≪アジアの中の私≫が一九九六年のおおさかパブリックアート賞(一九九八年には大阪市都市環境アメニティ表彰)を受賞すると、その活躍の場は公的な空間に置かれる造形物にまで広がりました。
伝統的なイメージの強い漆という素材を用いながら、パブリックアートをはじめとする新たな造形表現を先導してきた栗本は、国内外において数多くの展示を実施し、漆造形の魅力を広く世界に発信してきました。同時に、それぞれの土地で出会った文化的エッセンスを積極的に吸収し、自身の作品へと昇華してきました。その表現は現在もなお進化し続けています。
令和四年四月一六日(土)から七月三日(日)の期間中、大阪くらしの今昔館では企画展「漆造形の旗手 栗本夏樹の世界」を開催します。会場では自然の力による造形をコンセプトにした栗本の初期作品から、「漆・いのちの再生」のテーマのもと、伝統的な蒔絵技法の中に新素材を使用した最新作までを一堂に集めて紹介します。
従来の漆のイメージにとらわれない自由で独特な造形の世界をお楽しみください。
上田 祥悟 (大阪くらしの今昔館学芸員)
企画展「漆造形の旗手 栗本夏樹の世界」
2022年4月16日(土)〜2022年7月3日(日)