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大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

美しい街並みと新しい暮らしを育んだ近代長屋群

 大正14(1925)年の大阪市域拡張で新たに生まれた市街地は「大大阪新開地」と呼ばれ、数多くの長屋が建てられました。大阪くらしの今昔館8階常設展示室には当時の長屋を再現した模型を展示しています。模型の監修・設計者である和田康由(わだやすよし)さんと、モデルとなった長屋群のある住之江区西住之江を歩きました。

 

上質な長屋群がまちの価値を高めた

 碁盤の目状に区画整理された街区に、たくさんの近代長屋が残っている。歩いてみると、門と表前栽がある洋風長屋が次々と現れた。案内してくれたのは、50年近く長屋の研究を続けている和田康由さん。今も定期的に長屋のあるまちを歩き、その様子や変化を確認しているという。

 

 食用色素業を営んでいた辻榮商店の辻恵次郎(けいじろう)氏は、貸家経営に着手するため辻榮住宅経営部(以下「辻榮」という。)を立ち上げた。西住之江には127戸の長屋を建て、他にも市内で多数の貸家を経営した。長屋といえば和風の印象が強いかもしれないが、辻榮は西洋風のデザインを多く取り入れている。長屋建設には建築士も加わり、建築確認申請に必要な図面制作やデザイン面でのアドバイスなどを行ったという。

 

辻榮住宅経営部の「かしや案内」看板が残る。

部屋数や家賃がうっすらと読み取れる。家賃は高めだったそう。

 辻榮は貸家経営のほとんどを借地で行った。「辻さんのところで建ててもらえるなら、価値が上がる」と長屋建設に賛同する地主が多かったそうだ。西住之江には辻榮の他にもう1社、株式会社竹中商店が100戸以上の貸家経営を手がけた。2大家主らが、上質な住まいを数街区に短期間で数多く建てたことで、魅力的な住宅街が生まれた。

株式会社竹中商店大阪支店内竹中住之江土地部

 

 2階にバルコニーがあるタイプの洋風長屋。

 

表前栽の塀や欄干のデザインも多種多様。
辻榮商店の経営者辻恵次郎氏自らモルタルを捏ねて作ったものもあるとか。

 

和風の5戸建。タイルのような陶器の装飾が施された門柱など、和洋を組み合わせたデザイン。

 

門柱の近影

 

大きな1戸建てが2つ並んでいるように見えるが、実は4戸建て。

 

 

4戸建の洋風長屋。両端の2軒と中央の2軒で間口の広さを変えている。 

 

 

 1軒ごとに意匠が異なる

 

細部まで意匠を凝らしたハイカラな家

 今昔館の「大大阪新開地」模型には大阪の近代長屋が再現されている。模型制作のモデルとなったのが、辻榮による長屋をはじめ、多くの近代長屋が立ち並ぶ西住之江の風景だ。 (大阪くらしの今昔館

大阪くらしの今昔館8階近代展示室「大大阪新開地」模型

 

  近代長屋の特徴の一つが、ガラスをたくさん使ったこと。板ガラスの生産が急増した昭和初期から、和風・洋風問わずガラスが取り入れられた。当時昼間は太陽の光を取り入れて灯りとしたため、障子からガラス窓になり明るさがかなり増した。ガス・電気・水道は完備され、浴室が設けられたり、大阪では一般的な台所の土間に床を設けたものも現れた。

 

 形、ガラスの色、囲いが1戸ごとに異なる小窓のデザインにも注目したい。

  辻榮が手がけた長屋には、裏前栽に加え表前栽も作られている。裏前栽は法律上確保しなくてはならない空地だ。高い塀があり、裏側からは家の中が見えないようになっている。住まいのハレ(非日常)とケ(日常)を明確に分けて暮らしていた時代で、玄関側はハレ、裏がケとされた。例えば、洗濯物は2階の奥側に干す。表はもちろん、座敷の庭である裏前栽が見える1階の奥もハレとされるため干せない、といった具合だ。

 4戸建長屋の平面模型。
1階部分と2階部分があり、近代化された台所や浴室が見所。
(大阪くらしの今昔館8階近代展示室「大大阪新開地」)

 

 裏はしっかりと囲われている一方で、表は控えめな門構えと背の低い塀が配されている。花を植えたり、お隣同士が気軽に挨拶を交わしながら長屋暮らしを楽しんだ様子が想像できる。道路の幅が3〜4間(5.46〜7.28m)あり、建物は表前栽の奥にあるので、ゆったりと落ち着いた雰囲気となっている。

裏に建てられた塀

 

 門から少しずれた位置に玄関があり、外か
ら家の中が見えにくくなっている配慮も。

 

 戦災を免れて現在に残る長屋の中には、修繕費が重くのしかかり、解体の危機に瀕しているものもある。今回歩いた中でも、2戸建や4戸建のうち1戸を残して建て替えられたり、更地になった箇所が見られた。和田さんはその様子に「ああ、ここも無くなってしまった」と惜しみつつ、各地で長屋保存や活用の動きもあると期待している。

※住宅地ですので見学時はご配慮ください。

 

和田 康由 さん
元大阪市立高等学校建築科教諭。大学で近代住宅史を専攻し、その後、1974年から長屋研究を続けている。共著で論文や書籍の執筆もあり、取材にあたりたくさんの資料を提供してくださった。