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大阪市 住まいのガイドブック あんじゅ

重岡良子 花鳥画展-伝統の中の日本画から明日へ-によせて

2021年4月、大阪くらしの今昔館は現代日本画家である重岡良子氏の花鳥画展を開催した。開催わずか一週間で新型コロナウイルス感染症拡大防止のため緊急事態宣言が発令され、約2か月の臨時休館となったのちに、一週間再開した、波乱の展覧会であった。

 

青々とした植物、色とりどりの花。自然の中で、遊びさえずる小鳥たちの絵画は、ステイホームに疲れた人々の心に潤いを与えてくれた。この度、前回の「春夏」のテーマに続いて「秋冬」の花鳥画を主とした展覧会を2023年9月16日から開催することとなった。「野分(のわけ)」を含む新作の屏風3点も初公開する。開催にあたって重岡氏にインタビューを行った。

 

「野分」 四曲一隻 重岡良子作

 

♦自然の恵みでできる日本画

 

―重岡先生は花鳥画を主に屏風に仕立てられています。なぜ屏風なのでしょうか。

 

(重岡)屏風は畳むとコンパクトになり、狭い家屋の中でも季節ごとに作品を取り換えて四季を感じることができます。私は絵の前に立った時の大きさの印象がとても重要と考えています。これは生でしか伝わらない情報です。

 

美術館で鑑賞をしていると自分の眼で見る前に、写真を撮っている人の多いこと。レンズを通して作品を見ていることに違和感をもたないのが不思議に感じます。

 

日本画の材料は全てが天然物からできています。絵の具は綺麗な色の土や岩、筆の穂先は動物の毛で軸は竹。紙は樹皮から、絵の具を接着する膠(にかわ)は動物の皮や骨からできています。これらの自然の恵みをあつめて、職人の方々の技術で道具になり、日本画が成り立っているのです。作品を鑑賞する際にも絵の具の美しさをぜひ肉眼で感じ取っていただきたいです。

 

音楽ではライブの価値が広く認められていますが、美術では生(なま)(ライブ)という意識は少ないように思います。私からすると同じで、絵画もライブの良さがあると思います。

 

♦絵描きはデザイナーだった

 

―前回の展覧会では当館の「住まいや暮らし」というテーマに合わせて、ランプシェードなど、立体に絵付けした作品も展示していただきました。

 

(重岡)日本画家は平面の中で空間を感じてもらうことを目指しているので、立体に憧れがあるんです。昔は絵描きが着物や帯、食器や手箱、扇など身の回りの生活用品の図案を描いていました。今でいうデザイナーです。私もかつて絵描きのしていたことをやってみたいという気持ちがあり、展覧会で挑戦してみました。素材や大きさ、色の載り方など、立体ならではの制限の中でいいものができるように工夫することが面白く感じました。同時にとても大変で、ランプを支えて持っている手が腱鞘炎になったんですけどね(笑)

 

現代のデザイナーやアニメーターなど絵を描く職業の方は手描きよりもパソコンを使うことが中心だと思いますが、原点を揺るがしてほしくないなと思いました。

 

―原点というのは?

(重岡)写生をして、ものの形を自分の形に昇華していくことです。

 

―今でも先生はよくスケッチに行かれていますね?

(重岡)若い頃からずっとスケッチをしていたので、花の成り立ちを観察して自分の形に昇華して表現できるようになりました。

 

ただ、最近は写生しようと思っても、できる場所が減り、画家に対して厳しい環境になってきています。自然を大事にする気持ちは、自然を見続ける事から育まれると思いますので、残念に思います。

 

♦画家として問い続けたこと

 

―前回の展覧会を見て、本当にきれいで癒されるという感想がたくさんありました。

 

(重岡)実は「きれいなものをきれいに描く」ことは画家として必ずしも評価されることではなく、むしろなぜいけないの?と問い続けた人生でした。

 

私は子どもの頃から美術館に通ってたくさんの名品を見てきました。先人の方々は、絵の具の美しさが生かされるように塗り重ね方をよくよく考えて仕事をされていると感じました。私も絵の具の美しさを生かしながら、自分が美しいと感動したものをそのまま素直に伝えたいと考えています。

 

歳を重ねて、思い通りの形を描くのに時間がかかったり、下手になっているなと感じる事もあります。それも自然で仕方のないこと。不思議なもので、すごくうまく描けた!と感じる絵よりも、モタモタとした絵の方が親近感を持って見てもらえたりするんです。今まで32回の個展を開いてきましたが、満足しきらずに、また次にかけよう!と描き続けています。

 

♦自由に見て受け止めて

 

―新作の屏風「野分」について教えてください。

 

(重岡)これまで「IMA琳派(いまりんぱ)」と名付けた、デザイン性をもたせた色や空間で表現したシリーズを発表してきました。今回は基本に立ち返って、絵を描き始めた時の気持ちで描きました。花鳥画はひとつの花、ひとつの鳥では成り立たず、色々な花や鳥を描かなければいけません。季節感や特徴を自分なりに表現できるように、長い描写の時間をかけてきた経験を、この作品に込めています。

 

日本画ってあるようでない理想の世界を作れるんです。世の中に完璧な葉っぱというものはなく、虫に食われたり風で千切れたりするけれども、絵の中ではすべてが完璧な理想の形を追い求めて再構築します。絵を見た人が理想の世界に入っていって、季節を感じて心を遊ばせる空間を作っていきたいと考えています。

 

「野分」は、あえてわかりやすい構図にせず、広い野原が永遠とつながっているような絵にしてみました。秋の花を思い出しながら一本一本、花を植えて咲かせているような気持ちで描きました。

 

「野分」という題名を頭に思い浮かべながら絵を見たときにどういった対話をされるかは、個人によって違うと思います。最近はこう見なさいという見方を誘導する風潮がありますが、自由に見てくださいと思っています。「野分前」なのか「野分後」なのかそれも見る人の感じ方で決めてもらおうと思いました。「こんな風景ないだろう!」という感想があっても構わないんです。

 

※「野分」…野の草を分けて吹き通る風の意。秋から冬にかけて吹く強い風。「源氏物語」第二十八帖の名。

インタビュアー 服部麻衣(大阪くらしの今昔館学芸員)

2023年7月  重岡氏自宅にて

※展覧会情報はこちらを参照ください。