職人尽図屏風
摂南大学名誉教授、大阪くらしの今昔館特別研究員
岩間 香
昔は町の中に、畳屋や桶屋など物を作る店がたくさんあり、通りから作業の様子が見えたものです。職人の使う珍しい道具や、見事な熟練の技に、子供だけでなく大人も思わず見入ってしまうことがよくありました。こうした職人に対する関心は古くからあり、鎌倉時代になると職人を主題にした絵画が生まれます。
当初は職人同士が歌合せをするという趣向の職人歌合(うたあわせ)絵巻が作られました。鎌倉末期の作とされる「東北院職人歌合」の旧曼殊院(まんじゅいん)本(東京国立博物館蔵)では、10種、群書類従(ぐんしょるいじゅう)本では24種の職人が登場します。
その後、室町時代になると「三十二番職人歌合」(64種)、「七十一番職人歌合」(142種)など、登場する職人の数は増えていきました。これらの図には、今日の「職人」の概念と異なり、物を作るだけでなく、物を売る人や芸能をする人も含まれていました。
桃山時代になると、「洛中洛外図屏風」が作られ風俗描写への関心が高まり、職人図も作業場や道具などを、写実的に描いた図が登場します。江戸時代初期に描かれた喜多院蔵「職人尽絵(しょくにんづくしえ)屏風」(重要文化財、狩野吉信筆、一五五二~一六四〇)は、職人の店先に近寄り、その手仕事を細かく表現しています。
喜多院本はさらに古い祖本があったとされ、類似の構図の屏風が前川家本、サントリー美術館本など、数種知られています。今回紹介する今昔館本(六曲一双。各縦108.5cm横281.2cm)も喜多院本系の中屏風で、同一の構図が見られるものの、独自の表現の場面も見られます。順に見ていきましょう。
右隻(うせき)第一扇は〈糸師〉の店です。
組紐を編む女たちの奥には、色とりどりの糸や、糸を巻いた「かせ」が置かれています。
ばったり床几の少女は手に鋏(はさみ)を持ち、はみ出した糸を切ろうとしています。
その店の前を、籠に山菜を入れた〈菜売り〉と、二羽の雉(きじ)を下げた〈鳥売り〉が歩いていきます。この二人は山から下りてきたのでしょう。
第二扇は巻物や冊子を仕立てる〈経師(きょうじ)〉です。
親方らしき男は糊刷毛(のりばけ)で紙を継ぎ、弟子たちは小刀で紙を裁断しています。
土間の男は竹に吊るした大槌で紙を叩いています。二人の〈経師〉の姿勢は、喜多院本の表具師とほぼ同じです。
第三扇の〈檜物師(ひものし)〉は、檜の薄い板で、折敷(おしき)や曲物(まげもの)などを作る職人です。
部屋には完成した三宝(さんぽう)が重なり、木挟(はさ)みで継目を留めた曲物が散らばっています。
第四扇の〈矢細工師〉の親方は、少年のおこした火で竹をあぶり、矢竹の曲がりを直しています。
この図も喜多院本と同じ構図ですが、喜多院本が烏帽子直垂(えぼしひたたれ)姿であるのに対し、本図では着流し姿としています。
この変化は、本図の制作年代が喜多院本よりも下ることを物語っています。
ちなみに第四扇の右手前の人物が何をしているのか、本図では分かりませんが、喜多院本では大きな材木の束を運んでいます。
この不自然な省略は、本図が喜多院本を直接写したものではないことを暗示しています。おそらく別の絵を介して図が写されたのでしょう。
第五扇の〈縫師(ぬいし)〉は布に刺繍や縫箔(ぬいはく)をほどこす職人です。
喜多院本では作業をする女を二階に、布を商う男を一階に描き、実際の職人の家を髣髴(ほうふつ)とさせます。
しかし本図では両者が一部屋に描かれ、しかも職人が前面に描かれています。
複雑な二階建ての描写を簡易にし、リアルな表現への関心が薄くなったような印象を受けます。
第六扇の〈塗師(ぬし)〉は漆を塗る職人です。通りの〈猿曳(さるひき)〉とともに、喜多院本にはない独自のモチーフです。
〈塗師〉の親方は烏帽子に黒漆を塗っています。
愉快なことに店先にやってきた猿も、小さな烏帽子をかぶっています。独自の画面を描いた絵師の遊び心でしょうか。
次に左隻を見ていきましょう。
第一扇の町家には〈仏師(ぶっし)〉、通りには〈桶師(おけし)〉が描かれています。
〈仏師〉は喜多院本とは異なる独自の構図で、釿(ちょうな)で地蔵菩薩を彫っています。
一方〈桶師〉は喜多院本とまったく同一の構図です。
この〈桶師〉は店を持たない渡りの職人です。隣の家から桶を持った女が急いで出てきました。ゆるんだ「たが」を締め直してもらうのでしょう。
第二扇の〈畳師〉は喜多院本と姿勢は似ていますが、畳表の束や畳縁(たたみべり)の切りくずなど、独自の表現が見られます。
子供を抱えた女や、桶を持ち出てきた女も、喜多院本と配置を変え、違う風景を構成しています。
第三扇の〈鞍作(くらつく)り〉は喜多院本にはありません。
壁には輸入物の虎や豹(ひょう)の毛皮が吊るされています。
通りに座る〈桂女(かつらめ)〉は桂の里から鮎などを売りに来ました。手に持つ皿には二匹の鮎が載っています。
第四扇の〈扇師〉の家は、土間で地紙を叩く男、紙を折る女、糊付けをする男、扇骨を通す女、と分業が行われ、店先には完成した扇が置かれています。
第五扇は金工品を作る〈飾師(かざりし)〉と思われます。
人物の姿勢は、喜多院本の〈刀師〉と同一ですが、本図では刀は全く描かれていません。
手に円形の金属板を持っており、刀の鍔か襖の引手(ひきて)を表しているようにも思えます。
戦乱の世が過ぎ去ったことを反映して、絵師は〈刀師〉を〈飾師〉へ変更したのでしょうか。
あるいは火を扱う刀鍛冶は、町に住めないことが多かった現実を反映しているのかもしれません。
第六扇の〈蒔絵(まきえ)師〉も喜多院本と構図が異なり人数も減っています。
蒔絵の図柄は細かく丁寧に描かれ、見所の一つとなっています。
喜多院本は甲冑師(かっちゅうし)、研師(とぎし)、刀師、矢細工師、行縢師(むかばきし)など、武具職人が多く描かれていますが、本図の武具職人は〈矢細工師〉があるのみです。服装も喜多院本の烏帽子直垂の職人を着流しにするなど、江戸時代らしく変更されています。
また喜多院本にはない〈塗師〉、〈琵琶法師〉、〈桂女〉、〈猿曳〉を加え、〈糸師〉、〈仏師〉は独自の構図で描いています。古本を受け継ぎながらも、時代に合わせた変更を加え、洛中洛外図にも似た町の風景としています。絵師は不明ですが人物描写は丁寧で、実際の作業をよく写しています。江戸前期~中期の職人図屏風として貴重な作といえましょう。