第 10 回大阪市ハウジングデザインシンポジウム
シンポジウム前半では、これまでの大阪市ハウジングデザイン賞受賞者4名が受賞作品や現在の取り組みを紹介。後半は同賞選考有識者会議メンバーの江川直樹氏、座長の髙田光雄氏を交えた密度の高いディスカッションが繰り広げられました。
登壇者
古山 明義 氏 ふるやま あきよし
株式会社日建ハウジングシステム大阪代表 理事 設計部部長。1973年生まれ、兵庫県出身。大規模や超高層を中心とした分譲集合住宅、マンション建替、企業社宅など様々なタイプの集合住宅の設計を担当してきた。「渡鹿社宅」にてくまもと景観賞、「ローレルコート上本町石ヶ辻公園」にてグッドデザイン賞等を受賞。現在竹を活用した建築の研究にも取り組んでいる。
西川 純司 氏 にしかわ じゅんじ
株式会社アートアンドクラフト・大阪R不動産代表取締役社長。1985年生まれ、広島県出身。一級建築士。宅地建物取引士。2008年兵庫県立大学環境人間学部を卒業後、不動産デベロッパーを経て、2013年アートアンドクラフト入社。大阪R不動産事業に従事した後、建築・不動産の領域を横断しながら企画、コンサルティングを行う。2016年取締役就任、2023年より代表取締役。
小池 志保子 氏 こいけ しほこ
大阪公立大学大学院生活科学研究科教授。大阪長屋やニュータウンの空き家のリノベーションに取り組む。一級建築士、博士(工学)。2002年ウズラボ共同設立。2011年、2018年グッドデザイン賞、2021年大阪建築コンクール大阪府知事賞ほか。著書に『リノベーションの教科書』『竹原義二の視点 日本建築に学ぶ設計手法』(共著・学芸出版)など。
中塚 一 氏 なかつか はじめ
株式会社地域計画建築研究所(アルパック)代表取締役社長。1961年京都府生まれ、滋賀県育ち。大学卒業後、民間住宅メーカーを経て1988年アルパック入所。技術士(都市及び地方計画)、一級建築士、認定都市プランナー。大阪公立大学大学院工学研究科非常勤講師。2018年日本都市計画学会関西まちづくり賞、2022年グッドデザイン賞、大阪市ハウジングデザイン賞など受賞。
江川 直樹 氏 えがわなおき
関西大学名誉教授、関西大学社会連携部顧問
大阪市ハウジングデザイン賞選考有識者会議メンバー。早稲田大学大学院修士課程修了。1977~82年現代計画研究所(東京)、1982年同大阪事務所開設、2004~21年関西大学建築学科教授。2018年関西大学名誉教授。2022年関西大学社会連携部顧問。日本都市計画学会賞(計画・設計賞)、都市住宅学会賞、日本建築士会連合会賞(作品賞)他多数。2018年文部科学大臣表彰科学技術賞。
髙田 光雄 氏 たかだみつお
京都美術工芸大学副学長、京都大学名誉教授。大阪市ハウジングデザイン賞選考有識者会議座長。
1951年京都市生まれ。博士(工学)。一級建築士。専門は、建築計画学、居住空間学。居住文化を育む住まい・まちづくりの実践的研究を継続。(公社)都市住宅学会会長、(公財)京都市景観まちづくりセンター理事長、(一社)京都府建築士会顧問など兼任。共著書に「木の住まい」「少子高齢時代の都市住宅学」など。計画作品に、「実験集合住宅NEXT21」「平成の京町家 東山八坂通」など。日本建築学会賞、日本建築学会作品選奨、都市住宅学会賞、日本建築士会連合会賞など受賞。
「このまち、この場所」を考え抜いた受賞作品
古山
日建ハウジングシステムは「生きるも、活きるも、創る」をテーマに、社会課題に向き合いながら設計に取り組んでいます。
第3回受賞の「武田淀川ハイム」は、社宅と単身者寮として建てたものです。プライバシーや通風環境に配慮し、社宅はあえて2棟に分節しました。単身者寮の1、2階には食堂などを設け、働く人が気持ちよく暮らせるようにしています。
第11回受賞の「メゾン文の里 阿倍野ツイン」は、すぐ隣にある高層マンションの眺望の確保も考えて分棟しました。2棟にしたことで外気に接する部分が多くなり、通風環境がよいマンションとなっています。
2021年には、弊社の創立50周年を記念して次世代集合住宅を構想し発表しました。重視したのは永続性で、購入後長く住みたくなる住まいを考えました。また、永続性を実現するための商材として、可動式の間仕切り収納ユニットや、可動式のキッチンシステムを開発しました。生活環境の変化にあわせて、自分らしい住環境を維持するための仕組みも提案していきたいと考えています。
西川
アートアンドクラフトはリノベーションを専業としています。2006年に「鎗屋アパートメント」が第20回特別賞を受賞しました。当時はリノベーションという言葉がまだまだ一般的ではなかったと思います。コンクリートの駆体が剥き出しのデザインなどリノベーションならではの空間も今では当たり前ですが、当時は印象的に映ったのではないでしょうか。
事務所から住宅への用途変更に必要な条件が現在よりも厳しく、採光を確保するための大掛かりな工事をするなど、さまざまな工夫をしました。リノベーションから20年以上経っても賃料が下がらず市場での価値を保っています。
第32回特別賞の「新桜川ビル」では設計監理と施工、賃借人募集まで一貫してサポートしました。「モダニズム再興」をコンセプトに掲げて、建築当時の意匠はそのままに建物が持つ良さを引き立てるリノベーションをしました。サインや銘板などは再利用して建物の歴史を残しています。ボロい(汚い)のはNGだけど古い(趣がある)のはOK。築年数が経過した物件に対するユーザーの許容ラインは実に複雑。残すべきところ、更新すべきところを見極めながらリノベーションすることを心がけています。
小池
大阪公立大学の研究拠点の一つ豊崎プラザが、第23回特別賞を受賞した「豊崎長屋」の一角にあります。豊崎長屋は戦争を生き延びた長屋の一つで、梅田から歩いて15分ほどのところにあります。
舗装されていない路地と長屋がつくる光景は、昔ながらの大阪の都市居住の魅力を伝えるものです。研究者にとっても、学生にとっても魅力があります。歴史、住文化、デザイン、まちづくりなどの専門家が関わり、学生も交えて手探りでリノベーションに取り組んでいます。始めて間もない頃にハウジングデザイン賞特別賞をいただいて、とても励みになりました。
1925年築の長屋を2008年にリノベーションし、その改修から15年を経た2023年に撮影しました。入居者が庭の日当たりに合わせて植物を育てています。時間が経つと傷む箇所もありますが、時間をかけて整えていくことで、住まいが熟成していきます。そこが長屋の賃貸の難しい面でもあり、面白い部分でもあります。
大阪の長屋の魅力、その住まい方、地面に接した暮らしがあることを残していきたいと考えています。
中塚
地域計画建築研究所は総合的なプランニングやデザインを行っています。近年、力を入れているのが「持続可能な地域づくり」です。
昨年受賞した「寺田町プレイス1」は、戦後の区画整理があったエリアに位置します。相続の時期を迎え、建て替えによる高層化が進んでいるこの場所でさらに高層住宅をつくるのではなく、ヒューマンスケールの建築にしようと考えました。
「上質な普通の暮らし」をテーマに、入居者が自身でよりよい住環境を得られる仕掛けを取り入れました。例えば、量販店で入手できる好みの照明器具を取り付けられるダクトレールの設置などです。
運営面では、居住空間のことだけを考慮するのではなく、まちとのつながりを重視しました。地域住民や周辺エリアで活動する団体と関わる機会をプロジェクトに組み込みました。建て替え前から街角マルシェや音楽ライブなどを開催し、さまざまなつながりづくりに取り組みました。
ハウジングデザイン賞と都市型集合住宅のこれから
江川
先日、今回紹介された受賞住宅はすべて、現地まで見に行ってきました。建築は場所との関係性がとても重要ですが、みなさんがよく考えてエネルギーを注いで、その場所に適(かな)った建物をつくっていることが伝わってきました。
例えば、メゾン文の里 阿倍野ツイン。景観を大切にした建築で、みんなでまちを作っている感覚を持つことができ、居住者とまちの人が仲良く暮らせるだろうと想像できます。
リノベーションで受賞した新桜川ビルのように、建築はいろいろに使い回していくのが当たり前です。審査して「特別賞」としましたが、特別に素晴らしいから特別賞だと伝えたいです。
髙田 江川先生から講評いただきました。感想などお聞かせください。
古山
過去の資料を調べ直すと、受賞作品の建設当時はみんなが興味を持ってプランニングに取り組んでいたことがわかりました。いつからか経済合理性に流され、プランが凝り固まっていると感じます。反省と自戒の念を込めて今後は積極的に取り組んでいきたいです。
西川
リノベーションでも大賞を取る可能性があるとわかり嬉しいです。建築業界は建物を「建築」と呼び、不動産業界では「建物/物件」と呼ぶ。同じものが違う呼び方をされることに業界の隔たりを感じます。建築と不動産の相互理解がもっと深まれば社会がより良くなるんじゃないでしょうか。リノベーションでは金融機関の融資による資金調達で苦戦することもあるので、金融業界も建築やリノベーションに対して理解を深めていただけるといいですね。
小池
設計について専門家が一般の方に伝えることは大切です。背景が伝われば、建物に対する愛着が生まれ、長く住み継いでもらえるのではないでしょうか。オープンナガヤ大阪や、イケフェスのように、建物を開放して設計者の思いを伝える機会があることは素晴らしいと思います。
江川
その通りだと思います。建物を開放して、賞があることを建築が専門ではない人にも広く知ってもらわないともったいない。
髙田
賞の選考時は我々が必ず住まいの中に入り、可能な限り住まい手のお話を聞きます。毎回大きな気づきがあるので、シンポジウムの成果として今後は住まい手のお話を聞きながら受賞住宅を巡るツアーを開催するのもいいですね。都市型集合住宅が抱える課題についてはどうお考えでしょうか。
古山
デベロッパーは売ることが中心にあり、我々もその意見を聞いて設計します。例えば、デベロッパーは建物の正面についてはとても気にするのですが、裏側はあまり重視しない。そういう建築の余白にも、建築家の手垢が残っているようなものをつくっていきたいと考えています。
西川
新築でも一戸一戸、住まい手に合わせた設計ができたらいいなと思います。課題は多いでしょうが、専有部分の内装をつくらずスケルトン(建物の壁・柱・天井の骨組み)で供給できればよいですね。
髙田
スケルトン・インフィルという方式は、時間と手間がかかります。しかし、手続きを踏まえればできる可能性も出てきている。裸貸(注1)の伝統をもつ大阪は、おそらく全国でもっともこの方式に理解のある自治体だと思います。(注1)家の外廻りの建具などは家主が用意し、室内の建具や畳は借家人が自分で工面していた。
小池
維持管理はとても重要だと思います。マンションでは注目されていますが、戸建住宅郡にとっても同様です。住みこなしていく上で、区分所有法など多くの知識を住民が得る必要があります。
髙田
戸建住宅も2戸以上の集合であればハウジングデザイン賞に応募できます。建売住宅や長屋リノベーションにも関心を寄せていただいて、幅広い応募があることを期待します。もっと議論を重ねたいですが、最後に一言お願いします。
中塚
都市型集合住宅には民間だけでなく公的なものもあるので、両方考えていく必要があると思います。市営住宅が受賞することがあってもいいのではないでしょうか。
小池
住宅はプライベートなものとして扱われますが、見学者を受け入れたり、人を招き入れられる家をつくるなど、「家をひらく」方法を考えていきたいです。
西川
建築、不動産、金融の相互理解を深めていくことが、よりよい社会をつくっていくのではないかと考えています。
古山
今こそ地球環境をどうするかを考えなくてはいけない。先達のように風通しを考えるなど、地球環境にやさしい住宅づくりに取り組んでいきたいです。
江川
都市に住むということは、家の中だけでなくまちに住むということ。心に伝わるような、共に住むという視点で、みなさんと議論を深めていきたいですね。
髙田
江川先生のお話はハウジングデザイン賞の目的そのものです。大阪のそれぞれの場所の特性を読み取って、その魅力や住まい方を継続的に発信することで、ハウジングデザイン賞が「まちに住む」上での新しい価値観を提起できるのではないでしょうか。本日はありがとうございました。
シンポジウム参加者の感想
- 受賞したすべての建物をめぐってみたいと思った。
- 隣の人は何をする人ぞ、集合住宅ではそれが現実ですが本日のハウジングデザイン賞にはベイシティ住宅がコミュニティの充実が評価されていたこと、このような住宅の状況があることを知って安心しました。
- 実際の建造物の生かし方、活用が読み取れました。
- アート&クラフトの作品と取組大変面白い。高層マンションよりもリノベーションの可能性が大変大きい。長屋のリノベーションもGood。ディスカッション本当に良かったです。
- 中塚氏のプレゼンの視点が非常にユニークで新鮮味があり興味深く聞けた。
受賞歴
受賞歴(設計者:株式会社日建ハウジングシステム)
第3回(H1)武田淀川ハイム(淀川区新高6丁目)、第11回(H9)メゾン文の里 阿倍野ツイン(阿倍野区美章園3丁目)、第13回(H11)プラネスーペリア与力町(北区与力町)、第19回(H17)グランドメゾン大手前タワー(中央区大手通1丁目、糸屋町1丁目)、第26回(H24)《特別賞》グランドメゾン靱公園(西区京町堀2丁目)
受賞歴(設計者:株式会社アートアンドクラフト)
第20回(H18)《特別賞》鎗屋アパートメント(中央区鎗屋町1丁目)、第30回(H28)《特別賞》APartMENT(旧北川鉄工所社宅北棟)(住之江区北加賀屋2丁目)、第32回(H30)《特別賞》新桜川ビル(浪速区桜川3丁目)
受賞歴(設計者:大阪市立大学都市研究プラザ+竹原・小池研究室)
第23回(H21)《特別賞》豊崎長屋(北区豊崎)
受賞歴(設計者:株式会社地域計画建築研究所(アルパック))
第35回(R4)寺田町プレイス1(天王寺区寺田町2丁目)