COLUMN ~廣野家の 嫁入り支度にみる 大阪風モダンデザイン
武庫川女子大学附属総合ミュージアム
館長 横川 公子
廣野家のお嫁入り道具は高麗橋三越で誂えられました。三越は江戸時代以来の呉服商で、お嫁入り道具のなかでも、とりわけ着物については素材、染織、意匠のいずれも贅を凝らした高品質なものばかりでした。カツのために誂えられた着物は、当時の流行や廣野家の好み、三越の個性と相まって独創的なな洗練されたものとなっています。
昭和14年に執り行われた浮田家と廣野家の結婚に際し、廣野カツさんの花嫁衣装は伯母の差配により、三越で誂えられたといいます。現代に比べて、当時はまだ着物の色柄に関東と関西との違いが見出されるものもあり、高島屋は京都風、三越は東京風など、着物をどこで誂えるかによっても違いがみられました。嫁入り道具の「目録」に掲載されている着物のなかには東京風といえるものもあり、当時の色柄の傾向を知る貴重な資料といえます。
「黒緑ビロード段替わり長コート(1)」と「銀摺箔(すりはく)葉っぱ文様コート(2)」のコート2点には、「三越」のタグ(3)がついています。いずれも「目録」には掲載されていないものですが、「銀摺箔葉っぱ文様コート」の赤色・黄色などの色使いは、当時の三越のモダンな雰囲気がみてとれます。
昭和初年代から、高級品を扱う百貨店は宣伝部門にデザイナーを採用し、得意先に月毎の催事をパンフレットで案内し、顧客は提供されたモダンなライフスタイルを取り入れていました。「銀摺箔葉っぱ文様コート」はそうしたモダンな着物の一つでしょう。赤・オレンジ・グリーン・紺などのコントラストの強い原色を大胆に配したデザインは、「企画展 文様採集」(2024年2月21日~4月7日)に展示中の「几帳文様羽織(4)」(大阪くらしの今昔館蔵)と共通する雰囲気があり、三越の嘱託デザイナー杉浦非水(1876~1965)によるものと思われます。
大阪くらしの今昔館に寄託されている廣野カツさんの花嫁衣装には、「目録」に掲載されているもの以外の着物も多数含まれており、そのなかには廣野家の家紋が付いた着物もあります。これらは婚礼前に誂えられたと想像されるもので、当時の大阪で好まれた柄行きの着物がみられます。大大阪の時代には、おしゃれ着では特に、大柄で派手な柄行きが多く、大阪風の好尚として特徴づけられます。例えば、「紫縮緬(ちりめん)花文様袷訪問着(5)」にみられる大柄の模様をゆったりと表現するあたりは、大阪風ともいえるでしょう。