なぜ 耐震改修が進まないのか
福田 由利(ふくだゆり)さん
((公社)大阪府建築士会 耐震インスペクション委員会、一級建築士)
今年元旦に発生した能登半島地震。震災発生からの、人々の心理を推察し、耐震改修が進まない原因を考えてみます。
第一報が報道された時、人は「怖いね、大変だね」と、この災害を他人事としてとらえてしまう。やがて、避難所、届かない救援物資に困惑している避難者の映像が映し出される。防災グッズの準備の大切さがテレビから連呼され、防災グッズを買いに走る。避難所にたどり着いている、防災グッズが役に立つという状況は、「命がある」ことが、大前提だということ。
時間が経過し、落ち着いてこの震災の怖さを理解し始めたとき、自分の命や家族の命を守るには「住まいの安全確保」が大切だと思い始める。ようやく我が家の安全を確認しようと思い立ち、耐震診断という「安全対策」の第一歩を踏み出す。
しかし耐震診断を受けると、予想以上に結果が悪い。いくら耐震改修工事に補助金があるといっても、そのレベルまで改修をするには、自費負担が予想以上に高額になる。
こうして依頼者の「安全対策」の計画は頓挫し、耐震改修が進まないのではないでしょうか。
既存建物は建築当時の安全基準で建てられていますが、安全基準は厳しくなっています。今、国が求める基準に合わせると費用がかかります。その上、竣工からの経年も手伝って、劣化部分の改修が必要にもなり、依頼者が「改修」という言葉でイメージする金額とはかけ離れることに。また、リフォームは新築より工事費はかからないと軽く考えがちなことも多いです。耐震改修工事が、「補助金を獲得できる範囲で実施する工事」となると予算オーバーで断念ということが多々あるのです。
最初に思い立った「住まいの安全確保」に立ち帰り、耐震改修工事を「命を守る工事」ととらえ直してほしいのです。
また、「命の安全性」獲得を一足飛びに考えるのではなく、段階的に考えていくと、精神的にも負担が軽減されます。100%の安全性ではなく10%の安全を少しずつ積み上げるのです。その方法を考えてみましょう。
1.家の中に避難路を確保する
一にも二にも清掃。ものをため込まない。耐震診断にお伺いするたびに考えさせられます。耐震診断結果を参考に、プロに個別の避難方法を計画してもらうのも一つです。そのためには、「家の中、外部の避難路を」常に清掃しましょう。
2.避難計画から考えて、耐震改修の工事範囲を考える
予算に合わせて補強レベルを段階的に考えましょう。
- Step1 寝具周りや、寝室のみ補強する。補助対象となるシェルター設置という手もあるが、避難計画に沿った検討が必要。
- Step2 一階のみ補強する。補強レベルは個別に考える。なお、1階のみの補強レベルを評点1.0以上とする場合は、補助金の対象となる。
- Step3 家全体の補強レベルを評点0.7以上とする(補助対象)。
- Step4 家全体の補強レベルを国が定める評点1.0以上とする。工事中の施工状況により評点が下がることがあるので、余裕を見て1.0以上とする(補助対象)。
補強改修のレベルを上げると、安全性は上がります。しかし自費の負担額も上がります。可能な改修レベルを耐震改修のプロに相談されるのが良いでしょう。この改修は、住まいの財産価値を上げる目的の改修ではありません。財産的価値を上げるには省エネ改修工事やバリアフリー工事、その他の性能アップ工事を同時に行います。予算に余裕があれば実施するのがいいでしょう。
一方で、リフォーム工事で耐震改修も実施する場合に危険なこともあります。キッチンや水回りを美しく快適にしようと計画した折に、依頼者が「地震の多い昨今だから耐震補強もしておいて」と施工者に依頼し、いい返事をもらう。しかし、耐震改修工事について理解していない施工者であれば金物さえつければ耐震改修になると考えているところもあるのです。
依頼者は、「伝えたから安心」と思うでしょうが、工事内容については知識がないので、金物は構造に適したものが使われなければならないことも知りません。
どのような工事をする場合でも、耐震診断を受けていることは有効でしょう。限りある予算は、有効に使いたいものです。くれぐれも素人判断はしないこと。避難計画・耐震改修計画・設計に少し費用をかけて、「命」を守りましょう。
「家という財産を守る」ことよりも、「命を守る」ことを最優先に考えて、耐震改修工事が1軒でも多く進むことを願います。