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第9回大阪市ハウジングデザインシンポジウム(令和4年度開催)

投稿日 2023年4月1日(土)
更新日 2023年4月1日(土)

 古い長屋をリノベーションした住まいや店舗をまちでよく見かけるようになりました。第9回大阪市ハウジングデザインシンポジウムでは、ともに建築家である魚谷繁礼氏と吉永規夫氏から、長屋改修の事例を数多く紹介いただきました。長屋が抱える問題にも向き合いながら、その魅力や可能性とこれからの都市居住について考えました。

 

第9回
大阪市ハウジングデザインシンポジウム

令和5年2月25日(土)13:00~16:00

開催場所:
大阪市立住まい情報センター3階ホール

同時開催:
第35回大阪市ハウジングデザイン賞表彰式

 

100年先を想像した改修で路地と長屋を継承する

魚谷 繁礼 (うおやしげのり)さん
兵庫県出身。建築家、魚谷繁礼建築研究所代表。2020年より京都工芸繊維大学特任教授。2022年『関西建築家大賞』を受賞。京都を拠点に、これまで100軒を越える町家や長屋の改修に携わる。

 京都と大阪、それぞれの長屋とは

  長屋や町家の定義にはいろいろな考え方があり、人や地域によっても異なります。京都市が制定した「京都市京町家の保全及び継承に関する条例」(京町家条例)では、〈昭和25年以前に建築された木造建築物で、伝統的な構造及び都市生活の中から生み出された形態又は意匠を有するもの〉を京町家と定義しています。

 

 京町家には表通りに面した立派な造りの商家、祇園や上七軒のお茶屋など、様々なタイプがあります。中でも特に多いのが、表通りから入った路地奥にある居住専用の連棟長屋です。

 

 京都で長屋と言えばこのタイプですが、大阪では戸建てに対して連棟の住居を長屋と呼ぶことが多いようです。京都の旧市街にある路地沿いに長屋が残っていますが、多くが老朽化し崩れかかった状態にあります。

 

 町家の中でも数が多い路地奥の長屋を残すことが、京都の町家を残すことだと考えています。老朽化した長屋を改修し残すことで、路地を含む地割りの保全や安易なマンション建設の抑制にもつながります。

 

 また、建築基準法の現行基準には適合しない(既存不適格)長屋は、設計者と施主が話し合い、安全性に配慮したうえで、比較的自由度の高い改修設計を考えられるのも魅力の一つです。路地奥は再建築不可なことも多く、都市居住という視点からは、中心市街地に比較的安く居住できる可能性があると言えます。

 

 

 

長屋改修で都市の問題にも触れる

  これまで、住宅や店舗、宿泊施設、シェアハウスなど様々なタイプの長屋改修に携わってきました。ある4軒長屋の改修では事業者とともに、路地再生に取り組みました。路地の奥は車が入って来ないうえ、誰でも気軽に出入りできる場所でもありません。比較的安全な場所で、住民みんなで子どもを育てる路地と長屋をつくりました。

 

 居住する家と生活空間が密接している長屋を宿泊施設に改修したプロジェクトでは、共有スペースをつくりました。今では、宿泊客と居住している子どもが交流することもあるそうです。宿泊施設や店舗への改修においても、50年先、100年先には誰かが暮らしを営んでいるかもしれないと、ずっと先の未来を想像しながら設計に取り組んでいます。

 

みんなで子育てできる長屋を目指した晒屋町の長屋群(提供:魚谷繁礼氏)

 

  現在、私は改修した長屋で暮らしています。改修前は水平な床も柱も無く、瓦葺きがビニールシート葺きになっているような状態でした。改修後10年ほど経ちましたがとても快適で気持ちよく、楽しく暮らしています。土壁は傷んでいても崩して再利用できるなど、伝統的な方法で建てられた木造建築は再生に適しています。どれだけボロボロで腐朽していても長屋は健全化できます。大阪に多く残っている戦前の長屋も、再生が可能です。

 

自宅として3軒長屋を改修した。室内から路地を一望できる(提供:魚谷繁礼氏)

 

 長屋改修には、建物を残すだけではなく、景観の保全、伝統技術の継承、空き家活用、地域再生など、都市が抱える問題にも関わっていけるポテンシャルがあります。京都の路地は都市空間に奥行きをもたらしています。しかし、その路地は消えていきつつあり、長屋とともにどうにか残したいという思いで長屋改修に携わっています。

 

多様な使い方が生まれる良し長屋にアップデート

吉永 規夫(よしながのりお) さん
大阪府出身。建築家、Office  for Environment  Architecture。林寺2丁目長屋で第34回大阪市ハウジングデザイン賞特別賞受賞。大阪公立大学大学院・摂南大学非常勤講師。2014年から大阪長屋の改修を継続して行う。

 

 戦前に建てられた平家の2軒長屋を自分達で改修し、アトリエと住居として使っています。きっかけは、隣に住む当時75歳のおばあさんでした。

 

 空き家のままよりも誰かが住むだけで安心感があると言われ、2007年から暮らしています。生活音が筒抜けで、冬はとても寒い長屋でした。

 

 2014年、結婚を機に「よし!ながや!!」と思い立ち、妻や友人と一緒に長屋改修を始めました。自分達で改修をして驚いたのは、屋根裏に隣との境となる境壁がなかったことです。

 

 改修では天井に断熱材を入れたり、壁をしっかり作って音対策としました。結果的に温熱環境が向上し、暮らしやすい長屋にアップデートできました。

 

 第34回大阪市ハウジングデザイン賞特別賞をいただいた林寺2丁目長屋は、2022020年に改修を終えた5軒長屋です。空き家になった状態で親から引き継いだオーナーから、いつかまた一斉に空室になるのではと不安だと相談を受けました。

 

 そこで、5軒同時に同じ方法で改修するのではなく、賃貸住人のニーズに応じて1軒ずつ設計・工事を行う方法を提案。結果として、家族、単身者、カップルなど多様な人が暮らす個性的な長屋が展開できました。

 

「ヨシナガヤ011」林寺2丁目長屋(提供:吉永規夫氏)

 

  大阪の長屋は狭くて小さいものが多いですが、裏庭や路地があり快適な都市居住ができる豊かな環境が残っています。
良い長屋にリノベーションすることで住宅だけでなく、店舗や事務所、公共空間など多様な使い方、楽しみ方が広がります。
今後も、「ヨシナガヤ」に取り組みながら長屋の面白さを伝えていきたいです。

 

 


 

パネルディスカッション

 

登壇者(左から)

吉永規夫さん
髙田光雄さん
魚谷繁礼さん
神前あゆみ(大阪市立住まい情報センター相談担当)
深田智恵子(大阪くらしの今昔館学芸員)

 

「長屋から考えるこれからの都市居住」

 

  •  髙田 魚谷さんや、吉永さんの長屋改修事例について、学芸員の視点から深田さんは何を感じましたか。
     
  • 深田 空堀や中崎町の長屋が注目された20年ほど前の改修は、外観だけを残し、内部は原型を留めない大胆で奇抜なものが多かった印象があります。もともと住まいとして使われていた長屋は、人が住む形で残していくのが理想だと思います。お二人は長く後世に残すことを考えた改修を手掛けておられるので心強く感じました。

 

  • 魚谷 伝統的な木造建築は次に繋いでいくことが非常にやりやすい構造になっており、そのことを活かして後世に残したいと思っています。
     
  • 吉永 長屋は住まいとしても、住まい兼店舗や事務所など組み合わせた使い方もしやすい。大阪という都市に住みながら、いろんなことができる可能性があります。
     
  • 髙田 神前さんは、長屋に関する相談をたくさん受けておられますね。
     
  • 神前 耐震性が足りないなど、切羽詰まった相談内容が多いです。悩んでいる方に、何をどうお伝えするべきかをずっと考えています。維持できないから解体するというのを、私たちが止めることはできません。
     
  • 髙田 吉永さんなら、解体したいという人にどうやってリノベーションを提案しますか?
     
  • 吉永 どの長屋も面白いので、見せてもらって、しっかりと議論します。大家さんが少しでも建物に愛情を持っていれば、あの手この手でなんとかしたいです。
     
  • 魚谷 この場にいる皆さんは、長屋や建物に対して愛着があるが、一般的にはそうでない人も多い。長屋の良さを周知できる展覧会やシンポジウムはいい機会だと思います。どんなにボロボロでも健全化できるというのを、僕も吉永さんもやってきているので、事例として紹介し続けたいですね。
     
  • 吉永 長屋は本当に面白い。日本の住宅寿命が30年と言われる中で、戦前長屋は築80年を迎えています。リノベーションなど少し手を加えるだけで、あと数十年は使えると思います。大阪の都市居住として長屋を長く使えるものにしていきたいです。
     
  • 髙田 大阪には江戸時代から昭和戦前まで「裸貸」という世界に誇るハウジングシステムがありました。借家でも個別ニーズに対応した内装を店子が調達できるシステムを、私は再生したいと考えています。都市居住において、借りて住むという住まい方の将来性をどう考えますか?
     
  • 吉永 持ち家が必ずしも正解ではないと考えます。大阪という都市で借りられて、自由にカスタマイズできる(場合もある)のが木造建築の長屋の魅力だと思います。台風や地震など災害が多い国で長屋を維持管理するのは難しい。でも、長屋に限らず、住まいや建物に愛着をもって、日頃からメンテナンスのことも考えていくことが大切だと思います。
     
  • 魚谷 借りるのも買うのも暮らしは変わらないと思います。買うと子孫には土地・建物とともに相続税も残ります。これまで、都市に住む楽しさは、最先端に触れることだったかもしれませんが、今後は歴史や地域性を楽しむことに向いていくのではないでしょうか。歴史を含めたその場所らしさを、無理せず楽しみながら暮らしていく。そうやって長屋を継承していくことが、将来の都市居住にとって重要だと考えています。
     
  • 髙田 建築家、学芸員、住まいの相談員という珍しい組み合わせで有意義な議論ができました。ありがとうございました。

 


コーディネーター


髙田 光雄 さん
博士(工学)。一級建築士。 京都美術工芸大学教授/京都大学名誉教授。大阪市ハウジングデザイン賞選考有識者会議座長。
居住文化を育む住まい・まちづくりの実践的研究を継続している。