シンポジウムの様子①~基調講演まで~
平成20年2月9日にシンポジウムを開催しました。
シンポジウムタイトル:住まい・まちづくりにおけるコラボレーションの可能性
~協働型住まい・まちづくりの未来に向けて~
当日は、大阪ではめずらしい吹雪の中、85名という大勢の方々に集まっていただきました。
参加者、タイアップ事業者の方々どうもありがとうございました。
ここでは、下記プログラムの中から、基調講演までの様子をご報告します。
住まい情報センター
(当日は吹雪でした)
<プログラム>
日時:2008年 2月 9日(土)15:00~18:30
場所:大阪市立住まい情報センター3階ホール
15:00~15:50 基調講演:「協働の住まい・まちづくりの展望」
高田光雄氏(京都大学大学院教授)
15:50~16:50 住まい・まちづくりの協働事業~住まい・まちづくりネットワーク事業報告~
①住まい情報センター担当者からの事業報告
○大阪市立住まい情報センター 住まいネットワーク担当 川幡祐子
②タイアップ事業実施団体の報告
○NPO法人シヴィルプロネット関西 津田尚廣理事
○子どものための住まい学習研究会 碓田智子准教授(大阪教育大学)
17:00~18:30 フリーディスカッション
進行:弘本由香里氏(大阪ガスエネルギー文化研究所)
(1)開会あいさつ及び趣旨説明
―――住まい・まちづくりネットワーク事業の概要とシンポジウムの趣旨を説明
住まい公社企画部長 酒井氏(当時)
(2)基調講演「協働の住まい・まちづくりの展望」
高田光雄氏(京都大学大学院教授)
■景観をどうとらえるか
『後半のフリーディスカッションがメインなので、私は大阪のまちづくりに役立つかも知れない京都の経験をお話させていただきます。
京都では2007年9月に新しい景観施策が生まれ、景観の議論が活発に行われています。都市景観をどのようにとらえるかという問題は「住まい・まちづくり」という目でみても非常に大事です。景観問題は、例えば、町家とマンションとの対立関係というように、利害関係の調整問題という捉え方がされることがあります。利害の調整だとすると私的なもの同士の調整問題ということになりますが、これを街の問題と考えると、街のあり方、街に関する価値の共有問題だというふうに捉えることもできます。すなわち、この問題をどう捉えるかで景観のあり方の議論は変わり、またこれによって景観の「公共性」という概念も変わってくるように思います。』
高田光雄教授
■コモンズとしての都市景観
『私自身は、景観問題を価値の共有問題として捉えるべきだという視点から研究を続けてきました。その際、これから説明する「コモンズとしての都市景観」というものの考え方を考慮すべきでないかと考えています。
バブル期に京都ではものすごい数の建築紛争が起きました。マスコミは、それを町家とマンションとの対立関係として報道しましたが、調査を始めると、そこに本質的な問題があるのではなく、紛争の結果地域がずたずたになっていくことにこそ問題があるとうことに気づきました。マンションが建つことを契機として、価値観の違いが顕在化し、地域の分断や解体が起こる。そして、街の将来像を地域で考えるという取り組みがなければ、本質的な課題は解決できないことがわかってきました。これを「価値の共有」と名づけ、共有のしかた、あるいはそこにいたるプロセスを考えないといけないと思い至りました。まちづくりとはまさにそのプロセスのことなのです。』
■コモンズの悲劇
『生物学者ギャレット・ハーディンの書いた「コモンズ(共有地)の悲劇」という有名な論文があります。共有地である牧草地の草を、ひとりの牧夫の羊が食べるとその牧夫は共有地から利益を得たことになります。牧草地からみると羊の食べた牧草の分だけの損失があったということになります。しかし、その損失は、牧草を食べた羊の牧夫だけでなく、牧草地で放牧する全ての牧夫で負担することになります。そのため、羊の数を増やすほど、牧夫の利益が増えることになります。この原理はすべての牧夫に共通ですから、全ての牧夫が同じことをすると、牧草地に草はなくなり羊は飼えなくなるという悲劇が起こります。
ハーディンの結論は「だから共有ではなく私有化するのがよく、どうしてもそれができなければ公共化である」ということでした。しかし、悲劇が起こっていないコモンズの存在を知る研究者からは、これに対する反論も出されました。「タイトでクローズドな管理制度があれば(構成員が限られルールがきちんとしていれば)、コモンズの悲劇は起こらない」という考え方です。コモンズとは、共有地そのものというより、それを維持する管理制度のことであると考えるべきなのです。京都には、歴史的に形成された「町」(両側町)というコミュニティがあります。現代も機能するその組織や運営ルールは、コモンズと呼ぶことも可能です。しかし、景観問題は、そのコミュニティを超えた広域的な影響と複雑な問題を含み、「町」という単位では解決できないのが実態です。これを、コモンズの悲劇が起こっていると捉えると、景観問題は、共同的な取り組みでは解決できない、公共による規制に頼るほかは無いという見方も出て来るわけです。逆に、タイトでクローズドなコモンズは失敗したとしても、タイトでオープンなコモンズが実現したとすれば、景観問題の共同的解決は不可能とは言えないかもしれない。その可能性を考えてみたいと思います。』
■タイトでオープンなコモンズ
―――その一例として、京都市内の街なかでのマンション紛争をお示しいただきました。関係者であるデベロッパーや地域住民だけでなく、京都市景観まちづくりセンターなど多様な主体が参画し、街の将来像を定め、それに合ったものをつくっていくという仕組み(価値の共有プロセス)を積み上げたそうです。また、これは街なかだけでなくニュータウンでのマンション紛争の際にも役立つものとして、もうひとつ例を示していただきました。
この二つの例から価値の共有のプロセスを大事にすることが重要であること、また連携の仕組みが重要であることがみえてきます。
『つまり、あくまでも地域の活動主体が中心となるとともに、様々な視点をもった外部の支援主体が参加することが重要です。この支援主体は単なるお客さんではなく、それなりの役割と責任を持った支援主体でなくてはなりません。地域の活動主体と外部の支援主体とが、緊張感を持って協議をしながら街の将来像について議論していきます。
こうした仕組みがいったんできあがると、外に対してインターフェイスを持つ組織に自然となっていきます。そうすると連携ができて、今日のコラボレーションというタイトルの通りですが、パートナーシップと呼ばれる住民・行政・企業の連携ができるようになるわけです。さらに、様々な活動グループが相互に連携をして知恵を出し合うということもやり易くなります。これをコミュニティ・ネットワークと呼んでいます。さらに、こういう活動をしていくと、次の世代に活動を移していくということもやり易い組織体になっていくということが分かってきます。
要するに閉じたコモンズではなく開いたコモンズをきちんとつくれば、パートナーシップやコミュニティ・ネットワークの構築、次世代への継承が促進され、共同的な取り組みは持続可能な仕組みとなっていくわけです。』
■まとめ
―――最後に基調講演のポイントである協働の住まいまちづくりに必要な点を大きく二つにまとめていただきました。
『一つ目は、多様な価値観の共存です。多様な価値観があるから街は面白いのであって、それを一つにしようなどとは思わない方がいい。多様な価値観が共存できる方法を探ることが大事です。
二つ目は、将来世代の選択性の確保です。次世代のためという名目の大きなお世話はやめて、選択の幅を小さくしない努力をすることが重要です。それがなければ、結局は多様な価値観の実現はできないからです。
この二つのことを念頭に置いて、開かれたコモンズをつくっていく、つまり、外部との連携を行い、パートナーシップやコミュニティ・ネットワークを使った活動を展開していくということが、持続性の高いまちづくり活動に繋がっていきます。このときに、住まい・まちの将来像をつくるという大きな目標を設定しておくことが大事です。特定のシナリオを描くのではなく、いろいろな可能性を複数の住まい・まちのシナリオをつくって考えることをお勧めします。』
平成20年2月9日にシンポジウムを開催しました。
シンポジウムタイトル:住まい・まちづくりにおけるコラボレーションの可能性
~協働型住まい・まちづくりの未来に向けて~
当日は、大阪ではめずらしい吹雪の中、85名という大勢の方々に集まっていただきました。
ここでは、下記プログラムの中から、基調講演までの様子をご報告します。 |
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<プログラム>
日時:2008年 2月 9日(土)15:00~18:30
15:50~16:50 住まい・まちづくりの協働事業~住まい・まちづくりネットワーク事業報告~
○大阪市立住まい情報センター 住まいネットワーク担当 川幡祐子
②タイアップ事業実施団体の報告
○NPO法人シヴィルプロネット関西 津田尚廣理事
○子どものための住まい学習研究会 碓田智子准教授(大阪教育大学)
17:00~18:30 フリーディスカッション
進行:弘本由香里氏(大阪ガスエネルギー文化研究所)
(1)開会あいさつ及び趣旨説明
―――住まい・まちづくりネットワーク事業の概要とシンポジウムの趣旨を説明 |
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(2)基調講演「協働の住まい・まちづくりの展望」
高田光雄氏(京都大学大学院教授)
■景観をどうとらえるか |
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■コモンズとしての都市景観
『私自身は、景観問題を価値の共有問題として捉えるべきだという視点から研究を続けてきました。その際、これから説明する「コモンズとしての都市景観」というものの考え方を考慮すべきでないかと考えています。
バブル期に京都ではものすごい数の建築紛争が起きました。マスコミは、それを町家とマンションとの対立関係として報道しましたが、調査を始めると、そこに本質的な問題があるのではなく、紛争の結果地域がずたずたになっていくことにこそ問題があるとうことに気づきました。マンションが建つことを契機として、価値観の違いが顕在化し、地域の分断や解体が起こる。そして、街の将来像を地域で考えるという取り組みがなければ、本質的な課題は解決できないことがわかってきました。これを「価値の共有」と名づけ、共有のしかた、あるいはそこにいたるプロセスを考えないといけないと思い至りました。まちづくりとはまさにそのプロセスのことなのです。』
■コモンズの悲劇
『生物学者ギャレット・ハーディンの書いた「コモンズ(共有地)の悲劇」という有名な論文があります。共有地である牧草地の草を、ひとりの牧夫の羊が食べるとその牧夫は共有地から利益を得たことになります。牧草地からみると羊の食べた牧草の分だけの損失があったということになります。しかし、その損失は、牧草を食べた羊の牧夫だけでなく、牧草地で放牧する全ての牧夫で負担することになります。そのため、羊の数を増やすほど、牧夫の利益が増えることになります。この原理はすべての牧夫に共通ですから、全ての牧夫が同じことをすると、牧草地に草はなくなり羊は飼えなくなるという悲劇が起こります。
ハーディンの結論は「だから共有ではなく私有化するのがよく、どうしてもそれができなければ公共化である」ということでした。しかし、悲劇が起こっていないコモンズの存在を知る研究者からは、これに対する反論も出されました。「タイトでクローズドな管理制度があれば(構成員が限られルールがきちんとしていれば)、コモンズの悲劇は起こらない」という考え方です。コモンズとは、共有地そのものというより、それを維持する管理制度のことであると考えるべきなのです。京都には、歴史的に形成された「町」(両側町)というコミュニティがあります。現代も機能するその組織や運営ルールは、コモンズと呼ぶことも可能です。しかし、景観問題は、そのコミュニティを超えた広域的な影響と複雑な問題を含み、「町」という単位では解決できないのが実態です。これを、コモンズの悲劇が起こっていると捉えると、景観問題は、共同的な取り組みでは解決できない、公共による規制に頼るほかは無いという見方も出て来るわけです。逆に、タイトでクローズドなコモンズは失敗したとしても、タイトでオープンなコモンズが実現したとすれば、景観問題の共同的解決は不可能とは言えないかもしれない。その可能性を考えてみたいと思います。』
■タイトでオープンなコモンズ
―――その一例として、京都市内の街なかでのマンション紛争をお示しいただきました。関係者であるデベロッパーや地域住民だけでなく、京都市景観まちづくりセンターなど多様な主体が参画し、街の将来像を定め、それに合ったものをつくっていくという仕組み(価値の共有プロセス)を積み上げたそうです。また、これは街なかだけでなくニュータウンでのマンション紛争の際にも役立つものとして、もうひとつ例を示していただきました。
■まとめ