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大阪市立住まい情報センターシンポジウム「マンションの未来を考える」第2部・第3部
第2部 激しく変化するアジアの集合住宅事例から
事例報告3
韓国の集合住宅とリモデリングの現状
千葉大学大学院助教 チョン・ジヨン(丁 志映)さん
日本では老朽化した分譲集合住宅を建替える事例は多くみられますが、大規模に改修する例はほとんどないです。資源を有効活用する観点から、建替えではなくリモデリングが今後は重要になると思われます。
韓国人の定住意識
韓国人は住宅購入後、平均6~7年間住むといわれています。韓国人にとって住宅とは、日本のように1回購入したら定住するものではなく、投機が主な目的です。家の価格が上がったら、売って広い所に移るという行為が生涯周期で何度も繰り返されます。
建替えよりリモデリングが主流
2000年以降の韓国住宅市場を主導してきた建替えは、個人投資家やマンション所有者たちの過剰な投機により住宅価格の高騰を呼ぶ等、多くの問題を引き起こしたため、前政権では厳しい建替え規制策を施行しました。その代わり、共同住宅ストックの急増と老朽化が加速し、維持管理およびリモデリングの重要性が強調され始めました。しかし、韓国のマンションのリモデリング事業はまだ初歩段階であり、本格的にリモデリングを適用した事例は2010年5月現在、15件で、そのうち民間分譲住宅のリモデリング実施事業は7件程度です。
リモデリングとは、建築物の老朽化の抑制または、機能向上等のために大修繕または一部増築する行為です(建築法第2条10)。全ての建築物のリモデリング関連法令は「建築法」、共同住宅のリモデリング関連法令は別途に「住宅法」に定められています。
リモデリングの対象は棟単位から団地範囲まで拡大
リモデリングの実施地域は、ソウル市の中心部に位置し、建替えで増やす容積率の余裕がないですが、改善後の住宅価格の上昇が期待できる地域です。また1~3棟で構成された団地が多いため、住民合意時間が短くなるメリットがあります。現在、建替え時は中・小規模坪型の義務比率と賃貸アパートの義務化等の開発利益還収制の負担が発生します。
今から紹介する1971年建設されたヨンガンアパート団地は、2001年共同住宅リモデリング制度が導入された以降、リモデリング許可を得て施工された韓国最初の民間分譲マンションです。地上5階建てで、全体9棟の中で2棟(60世帯)がリモデリングされました。工事は2002年6月末に着工し、竣工まで13ヵ月かかりました。リモデリング後、住戸の場合はバルコニーが増築されて5.57坪が拡大されました。居住者に対するアンケート調査では、特に既存バルコニーの拡張や前面バルコニーの新設については約8割近くの人が満足している結果が得られました。居住者の64.6%が「他人にもリモデリングを勧めたい」と回答しており、「綺麗なところで住み続けることができてよかった」、「韓国で初めてリモデリングを行ったので、誇りに思う」等、リモデリング事業を評価している方は多かったです。
今後の鍵と住民の意識転換
ヨンガンアパート事業が成功した理由には、特に組合解散までの約5年間、現制度を含む緒問題に立ち向かって戦い続けたコアーメンバの存在が一番大きかったと思います。
今後、リモデリング事業を活性化していくためには住民の合意形成以外にも、法的・制度的な問題、金融支援対策の問題、住民の工事費用の追加負担等、様々な課題がありますが、その中でも、住民の意識が「資産価値」から、「居住(利用)価値へ」と転換するのが最も大事だろうと考えます。
事例報告4
中国の集合住宅と住まい方の変遷
報告:大阪市立大学大学院教授 藤田 忍さん
90年代の目標「小康住宅」
1990年から93年にかけてJICAの「中国小康住宅プロジェクト」にかかわりました。中国の経済レベルには貧困・温飽・小康・富裕があり、小康住宅とはちょっとよい住宅のこと。当時の住宅は、住戸内の公的な部屋(庁:もともとホールという意味だが日本でいえばリビングやダイニングに相当)と私的な部屋(臥室:寝室のこと)の面積がアンバランスで、広い臥室に冷蔵庫や自転車などを置いたりするなど住まい方に混乱が見られました。当時の小康住宅の目標は、台所やトイレなどを含めない居室だけの面積で1人あたり8㎡。現在で言えば40〜50㎡の住宅に相当します。小庁大臥(狭いリビングダイニングとだだっ広い寝室)から大庁小臥(広いリビングダイニングと適切な広さの寝室)へと変わる時の平面構成の在り方を研究・計画しました。
大庁小臥が平面構成の主流になる、庁の面積は10ないし12㎡以上必要とされる、冷蔵庫や自転車は臥室から絶対に出る、靴の履き換えは進むだろう・・・などは、20年前の当時予測して大体当たったことです。経済力の差と気候風土の違いによる住宅の地方性も顕著に見られ、この点を考慮すべしということも強調しました。バス、トイレ、厨房など設備の水準も低く、課題は山積みでした。
集合住宅に残る伝統
接地型住宅から積層型の集合住宅(共同住宅)へ移る中で、伝統が継承されたり変容したり、外国からの影響を受けます。日本では玄関や畳、押入が、韓国ではオンドルや多用途室(キムチ置き場)が、インドネシアでは風が通る広い廊下やお祈りをする部屋が残りました。
92年当時の中国では、職場・住宅・教育が一体化し、主な交通手段は自転車。中層の共同住宅が主で、ほとんどが国営企業の社宅。家賃は数元から10数元で、収入の1〜2%に相当します。最低仕様だけ整えたスケルトンで供給され、内装工事は自前。空調設備はほとんど普及していませんでした。
この20年で中国の住宅規模は大きく、住宅は広くなりました。空調設備はかなり普及し、富裕住宅では気候風土や地方性の影響が小さくなり、マイカー普及率が上昇。住宅は都心から郊外へと移り、新築では高層、超高層が多い。
北京郊外の高層住宅(140㎡)と低層住宅(200㎡)、北京市内の高層住宅2戸(80㎡、56㎡)の例をみても、「小康」をはるかに越え「富裕」レベルだとわかります。リビングダイニングだけでなく、寝室、キッチン、バス・トイレなど全体が広くなり、主寝室にバス・トイレがつくなど台湾の影響を受けています。これらは20年前には想像もつかなかった変化です。
住宅の質の向上と広がる格差
一方、住宅ストックの何割かは依然狭小のままで、温飽か小康にとどまり、格差が拡大したことがうかがえます。狭小住宅は20年前と同様の平面構成で、住まい方の課題もそのまま残っていると思われます。
住宅価格が年収の20倍以上というのは、通常他の国ではありえないのですが、中国人はマイホームをもちたがります。最近の流行語は「房奴」(ローン地獄)・「蝸居」(狭い住宅)・「鋏心層」(どこにも届かない)。若年層で問題が深刻化していますが、親が子の住宅取得に経済的支援を行うケースも少なくありません。
中国では賃貸住宅市場は成立していませんが、富裕層は複数の住宅を持ち、借家にしたり投機目的で所有しています。07年以降、90㎡以下の住戸を70%以上建築しなければならない政策になり、政府は今後公営住宅制度を整備する考えで、不動産投機への規制も強めています。
(世界の集合住宅写真展)
10月1日からセンター4階の住情報プラザで「世界の集合住宅写真展」が開催されてきましたが、シンポジウム当日は3階ホールで展示。シンポジウムの合間を縫って参加者の多くが世界各国の集合住宅を興味深く見入っていました。
第3部 ストック型社会とマンションの未来
■パネルディスカッション ストック型社会とマンションの未来
コーディネーター
高田光雄(京都大学大学院教授)
パネリスト
宇都宮 忠(住まい情報センターマンション管理相談員)
丁 志映(千葉大学助教)
藤田 忍(大阪市立大学大学院教授)
宇都宮 忠(住まい情報センターマンション管理相談員)
住宅ストック活用の試み
高田 多くの興味深い事例が報告されました。パネルディスカッションから参加される宇都宮忠さんにまず感想をうかがいましょう。
宇都宮 ヨーロッパには古い住宅が多く、スペインには世界遺産になっている集合住宅もあり、住宅を長くもたせる風土があると感じます。日本では木造住宅が多く、長期保存に向かないこともあって、世界遺産になるような建物はせいぜい寺社仏閣でしょうか。
韓国のようなリモデリングは日本ではあまり見られません。技術的には可能でしょうが、権利関係をどう整理するか難しい点があります。日本でもスケルトン・インフィル方式の住宅供給はありますが、中国と異なってあまり普及していないのは国民性の違いでしょうか。わが国でも少子高齢化が進み、住宅ストックが増加する中で、建て替えるより改築する、古いものを上手に使いながら新しいものを取り入れていく、産業廃棄物もあまり出さないなどの方法が大切です。
都市再生機構(UR)はストック活用という視点から、賃貸住宅を減築したり、二戸分の住宅を1戸にしたり、エレベーターを後付けしたり、さまざまな実験的な取り組みを行っています。URに申し込めば見学できるので、みなさんも見られたらどうでしょうか。
高田 さきほどの事例報告の追加があればお願いします。
丁 建物の途中に、穴のような空間をあけたマンションがあります。この住宅を建て替えようとした時、後ろに建っているマンションが「高い建物になったら漢江が見えなくなる」と建て替えに大反対したのです。それで建物の中央に穴をあけ、川の流れが見えるようにした珍しい事例です。
ほかに、ヨーロッパのように中庭を囲んで複数棟をつくる試みがあったり、高層住宅に住むことをステイタスとしてきた富裕層の間で、数億円もするタウンハウスが流行したり・・新しい流れも見られます。
地域再生につながるストック活用も
高田 穴のあいたマンションは、資産性を重視する韓国で、資産性だけでなく、居住性も重視した建替え事例として知られています。会場からたくさん質問をいただきました。「建替えると賃料が上がって住めなくなるのでは」「住民が誇りをもてるマンションは」「ソーシャルミックスを進めると管理面の問題は起きないか」「エレベーターを後付けするとき住民の合意形成は」「断熱性向上のための改修は」「少子化の進行とマンションの関係は」「高齢者対応マンションへの改修は」・・。みなさん、大変熱心に考えておられます。パネリストの皆さんの意見をお聞きしましょう。
藤田 居住ストックの継続的活用による地域再生のまちづくりについて、考えているところです。住んでいる人、コミュニティ、サービスをどう活用し、どう使い続けていくか。空き家や空き店舗を利用して、見守り支え合い拠点を作ったり、デイサービスや給食サービスをつくることで高齢者や子どもに役立ったり、いろいろな人の居場所をつくっていく。今あるものを上手に大切に使うことはマンションにも大切で、結局、そうした方が社会的コストの点でも安くつくのではないかと思います。
公営住宅で、エレベーターを後付けした事例を研究したことがあります。あとで設備を付けようと思うと否定的な意見が出たり、エレベーター設置には難しい技術的側面があり、居住者の資金負担をどうするかも問題となりやすい。イタリアでうまく行った例に、(分譲住宅ではありますが)「後付けエレベーター設置にお金を出した人にだけ、エレベーターを使える鍵を配布した」という話を聞いたことがありました。
未来にむけて海外から何を学ぶか
宇都宮 どんな機能にするかにもよりますが、後付けエレベーターにすると1戸あたり1200万円から2000万円ぐらいの費用がかかります。
5階建ての分譲住宅を増築したことがあります。6畳の面積を2つ分、既存住宅にくっつける形で、居室と納戸スペースを生み出します。合意すれば、建て替えずに増築という方法もあるということです。
家賃設定を考える必要はありますが、5階に住む高齢者と1階に住む若い人が住宅を交換する手法も考えられます。今後、高齢化社会がますます進んでくると、コミュニティが重要になってきます。大学の学生や先生方と協力して、マンションに住む高齢者と交流を図ることが実験的に行われています。そんな取り組みで引きこもりや孤独死を避けられる道を探っているのです。
丁先生から、マンションの居住(利用)価値を上げていこうという話が出ました。マンションでは定期的に大規模修繕を行い、ハード面での価値は向上するのですが、もう少しソフトな話、例えばマンションの植栽の5年先、10年先まで想定して計画的に手入れしていく・・そんな取り組みで居住価値を上げることを考えてもいいかと思います。
高田 建て替えにしても改修にしても、各国の住宅政策における居住福祉の考え方や制度が事業の背景にはあります。また、賃貸住宅で住まい手が意思決定に参加する「テナント・デモクラシー」についてもいろいろな取り組みがあります。
温暖化防止は大切ですが、二酸化炭素排出量抑制のことだけを考えた改修は地域文化を破壊する恐れもあります。日本の温暖地域では、内部空間と外部空間のつながりが重要で、そこに居住文化の蓄積がみられます。ヨーロッパの寒冷地と同じ方法で高気密・高断熱を図るのではなく、地域に根ざした対応が必要です。
少子高齢化に対しては、生活の一部を共同化するコレクティブ居住やシェア居住の試みがヒントになりそうです。丁先生も研究として取り組んでおられます。
どこの国にも「正解」などなく、制度もどんどん変わります。各地域の個別事情をふまえて、その地域できちんと議論していくことが大切です。世界のどこかにいいモデルがあって、その技術やシステムを学ぶのではなく、それぞれの地域に適合した対応をそれぞれの地域で苦労して進めていること自体を学ぶことが海外調査の本当の意義だと思います。熱心なご討議ありがとうございました。
第2部 激しく変化するアジアの集合住宅事例から
事例報告3
韓国の集合住宅とリモデリングの現状
千葉大学大学院助教 チョン・ジヨン(丁 志映)さん
日本では老朽化した分譲集合住宅を建替える事例は多くみられますが、大規模に改修する例はほとんどないです。資源を有効活用する観点から、建替えではなくリモデリングが今後は重要になると思われます。
韓国人の定住意識
韓国人は住宅購入後、平均6~7年間住むといわれています。韓国人にとって住宅とは、日本のように1回購入したら定住するものではなく、投機が主な目的です。家の価格が上がったら、売って広い所に移るという行為が生涯周期で何度も繰り返されます。
建替えよりリモデリングが主流
2000年以降の韓国住宅市場を主導してきた建替えは、個人投資家やマンション所有者たちの過剰な投機により住宅価格の高騰を呼ぶ等、多くの問題を引き起こしたため、前政権では厳しい建替え規制策を施行しました。その代わり、共同住宅ストックの急増と老朽化が加速し、維持管理およびリモデリングの重要性が強調され始めました。しかし、韓国のマンションのリモデリング事業はまだ初歩段階であり、本格的にリモデリングを適用した事例は2010年5月現在、15件で、そのうち民間分譲住宅のリモデリング実施事業は7件程度です。
リモデリングとは、建築物の老朽化の抑制または、機能向上等のために大修繕または一部増築する行為です(建築法第2条10)。全ての建築物のリモデリング関連法令は「建築法」、共同住宅のリモデリング関連法令は別途に「住宅法」に定められています。
リモデリングの対象は棟単位から団地範囲まで拡大
リモデリングの実施地域は、ソウル市の中心部に位置し、建替えで増やす容積率の余裕がないですが、改善後の住宅価格の上昇が期待できる地域です。また1~3棟で構成された団地が多いため、住民合意時間が短くなるメリットがあります。現在、建替え時は中・小規模坪型の義務比率と賃貸アパートの義務化等の開発利益還収制の負担が発生します。
今から紹介する1971年建設されたヨンガンアパート団地は、2001年共同住宅リモデリング制度が導入された以降、リモデリング許可を得て施工された韓国最初の民間分譲マンションです。地上5階建てで、全体9棟の中で2棟(60世帯)がリモデリングされました。工事は2002年6月末に着工し、竣工まで13ヵ月かかりました。リモデリング後、住戸の場合はバルコニーが増築されて5.57坪が拡大されました。居住者に対するアンケート調査では、特に既存バルコニーの拡張や前面バルコニーの新設については約8割近くの人が満足している結果が得られました。居住者の64.6%が「他人にもリモデリングを勧めたい」と回答しており、「綺麗なところで住み続けることができてよかった」、「韓国で初めてリモデリングを行ったので、誇りに思う」等、リモデリング事業を評価している方は多かったです。
今後の鍵と住民の意識転換
ヨンガンアパート事業が成功した理由には、特に組合解散までの約5年間、現制度を含む緒問題に立ち向かって戦い続けたコアーメンバの存在が一番大きかったと思います。
今後、リモデリング事業を活性化していくためには住民の合意形成以外にも、法的・制度的な問題、金融支援対策の問題、住民の工事費用の追加負担等、様々な課題がありますが、その中でも、住民の意識が「資産価値」から、「居住(利用)価値へ」と転換するのが最も大事だろうと考えます。
事例報告4
中国の集合住宅と住まい方の変遷
報告:大阪市立大学大学院教授 藤田 忍さん
90年代の目標「小康住宅」
1990年から93年にかけてJICAの「中国小康住宅プロジェクト」にかかわりました。中国の経済レベルには貧困・温飽・小康・富裕があり、小康住宅とはちょっとよい住宅のこと。当時の住宅は、住戸内の公的な部屋(庁:もともとホールという意味だが日本でいえばリビングやダイニングに相当)と私的な部屋(臥室:寝室のこと)の面積がアンバランスで、広い臥室に冷蔵庫や自転車などを置いたりするなど住まい方に混乱が見られました。当時の小康住宅の目標は、台所やトイレなどを含めない居室だけの面積で1人あたり8㎡。現在で言えば40〜50㎡の住宅に相当します。小庁大臥(狭いリビングダイニングとだだっ広い寝室)から大庁小臥(広いリビングダイニングと適切な広さの寝室)へと変わる時の平面構成の在り方を研究・計画しました。
大庁小臥が平面構成の主流になる、庁の面積は10ないし12㎡以上必要とされる、冷蔵庫や自転車は臥室から絶対に出る、靴の履き換えは進むだろう・・・などは、20年前の当時予測して大体当たったことです。経済力の差と気候風土の違いによる住宅の地方性も顕著に見られ、この点を考慮すべしということも強調しました。バス、トイレ、厨房など設備の水準も低く、課題は山積みでした。
集合住宅に残る伝統
接地型住宅から積層型の集合住宅(共同住宅)へ移る中で、伝統が継承されたり変容したり、外国からの影響を受けます。日本では玄関や畳、押入が、韓国ではオンドルや多用途室(キムチ置き場)が、インドネシアでは風が通る広い廊下やお祈りをする部屋が残りました。
92年当時の中国では、職場・住宅・教育が一体化し、主な交通手段は自転車。中層の共同住宅が主で、ほとんどが国営企業の社宅。家賃は数元から10数元で、収入の1〜2%に相当します。最低仕様だけ整えたスケルトンで供給され、内装工事は自前。空調設備はほとんど普及していませんでした。
この20年で中国の住宅規模は大きく、住宅は広くなりました。空調設備はかなり普及し、富裕住宅では気候風土や地方性の影響が小さくなり、マイカー普及率が上昇。住宅は都心から郊外へと移り、新築では高層、超高層が多い。
北京郊外の高層住宅(140㎡)と低層住宅(200㎡)、北京市内の高層住宅2戸(80㎡、56㎡)の例をみても、「小康」をはるかに越え「富裕」レベルだとわかります。リビングダイニングだけでなく、寝室、キッチン、バス・トイレなど全体が広くなり、主寝室にバス・トイレがつくなど台湾の影響を受けています。これらは20年前には想像もつかなかった変化です。
住宅の質の向上と広がる格差
一方、住宅ストックの何割かは依然狭小のままで、温飽か小康にとどまり、格差が拡大したことがうかがえます。狭小住宅は20年前と同様の平面構成で、住まい方の課題もそのまま残っていると思われます。
住宅価格が年収の20倍以上というのは、通常他の国ではありえないのですが、中国人はマイホームをもちたがります。最近の流行語は「房奴」(ローン地獄)・「蝸居」(狭い住宅)・「鋏心層」(どこにも届かない)。若年層で問題が深刻化していますが、親が子の住宅取得に経済的支援を行うケースも少なくありません。
中国では賃貸住宅市場は成立していませんが、富裕層は複数の住宅を持ち、借家にしたり投機目的で所有しています。07年以降、90㎡以下の住戸を70%以上建築しなければならない政策になり、政府は今後公営住宅制度を整備する考えで、不動産投機への規制も強めています。
(世界の集合住宅写真展)
10月1日からセンター4階の住情報プラザで「世界の集合住宅写真展」が開催されてきましたが、シンポジウム当日は3階ホールで展示。シンポジウムの合間を縫って参加者の多くが世界各国の集合住宅を興味深く見入っていました。
第3部 ストック型社会とマンションの未来
■パネルディスカッション ストック型社会とマンションの未来
コーディネーター
高田光雄(京都大学大学院教授)
パネリスト
宇都宮 忠(住まい情報センターマンション管理相談員)
丁 志映(千葉大学助教)
藤田 忍(大阪市立大学大学院教授)
宇都宮 忠(住まい情報センターマンション管理相談員)
住宅ストック活用の試み
高田 多くの興味深い事例が報告されました。パネルディスカッションから参加される宇都宮忠さんにまず感想をうかがいましょう。
宇都宮 ヨーロッパには古い住宅が多く、スペインには世界遺産になっている集合住宅もあり、住宅を長くもたせる風土があると感じます。日本では木造住宅が多く、長期保存に向かないこともあって、世界遺産になるような建物はせいぜい寺社仏閣でしょうか。
韓国のようなリモデリングは日本ではあまり見られません。技術的には可能でしょうが、権利関係をどう整理するか難しい点があります。日本でもスケルトン・インフィル方式の住宅供給はありますが、中国と異なってあまり普及していないのは国民性の違いでしょうか。わが国でも少子高齢化が進み、住宅ストックが増加する中で、建て替えるより改築する、古いものを上手に使いながら新しいものを取り入れていく、産業廃棄物もあまり出さないなどの方法が大切です。
都市再生機構(UR)はストック活用という視点から、賃貸住宅を減築したり、二戸分の住宅を1戸にしたり、エレベーターを後付けしたり、さまざまな実験的な取り組みを行っています。URに申し込めば見学できるので、みなさんも見られたらどうでしょうか。
高田 さきほどの事例報告の追加があればお願いします。
丁 建物の途中に、穴のような空間をあけたマンションがあります。この住宅を建て替えようとした時、後ろに建っているマンションが「高い建物になったら漢江が見えなくなる」と建て替えに大反対したのです。それで建物の中央に穴をあけ、川の流れが見えるようにした珍しい事例です。
ほかに、ヨーロッパのように中庭を囲んで複数棟をつくる試みがあったり、高層住宅に住むことをステイタスとしてきた富裕層の間で、数億円もするタウンハウスが流行したり・・新しい流れも見られます。
地域再生につながるストック活用も
高田 穴のあいたマンションは、資産性を重視する韓国で、資産性だけでなく、居住性も重視した建替え事例として知られています。会場からたくさん質問をいただきました。「建替えると賃料が上がって住めなくなるのでは」「住民が誇りをもてるマンションは」「ソーシャルミックスを進めると管理面の問題は起きないか」「エレベーターを後付けするとき住民の合意形成は」「断熱性向上のための改修は」「少子化の進行とマンションの関係は」「高齢者対応マンションへの改修は」・・。みなさん、大変熱心に考えておられます。パネリストの皆さんの意見をお聞きしましょう。
藤田 居住ストックの継続的活用による地域再生のまちづくりについて、考えているところです。住んでいる人、コミュニティ、サービスをどう活用し、どう使い続けていくか。空き家や空き店舗を利用して、見守り支え合い拠点を作ったり、デイサービスや給食サービスをつくることで高齢者や子どもに役立ったり、いろいろな人の居場所をつくっていく。今あるものを上手に大切に使うことはマンションにも大切で、結局、そうした方が社会的コストの点でも安くつくのではないかと思います。
公営住宅で、エレベーターを後付けした事例を研究したことがあります。あとで設備を付けようと思うと否定的な意見が出たり、エレベーター設置には難しい技術的側面があり、居住者の資金負担をどうするかも問題となりやすい。イタリアでうまく行った例に、(分譲住宅ではありますが)「後付けエレベーター設置にお金を出した人にだけ、エレベーターを使える鍵を配布した」という話を聞いたことがありました。
未来にむけて海外から何を学ぶか
宇都宮 どんな機能にするかにもよりますが、後付けエレベーターにすると1戸あたり1200万円から2000万円ぐらいの費用がかかります。
5階建ての分譲住宅を増築したことがあります。6畳の面積を2つ分、既存住宅にくっつける形で、居室と納戸スペースを生み出します。合意すれば、建て替えずに増築という方法もあるということです。
家賃設定を考える必要はありますが、5階に住む高齢者と1階に住む若い人が住宅を交換する手法も考えられます。今後、高齢化社会がますます進んでくると、コミュニティが重要になってきます。大学の学生や先生方と協力して、マンションに住む高齢者と交流を図ることが実験的に行われています。そんな取り組みで引きこもりや孤独死を避けられる道を探っているのです。
丁先生から、マンションの居住(利用)価値を上げていこうという話が出ました。マンションでは定期的に大規模修繕を行い、ハード面での価値は向上するのですが、もう少しソフトな話、例えばマンションの植栽の5年先、10年先まで想定して計画的に手入れしていく・・そんな取り組みで居住価値を上げることを考えてもいいかと思います。
高田 建て替えにしても改修にしても、各国の住宅政策における居住福祉の考え方や制度が事業の背景にはあります。また、賃貸住宅で住まい手が意思決定に参加する「テナント・デモクラシー」についてもいろいろな取り組みがあります。
温暖化防止は大切ですが、二酸化炭素排出量抑制のことだけを考えた改修は地域文化を破壊する恐れもあります。日本の温暖地域では、内部空間と外部空間のつながりが重要で、そこに居住文化の蓄積がみられます。ヨーロッパの寒冷地と同じ方法で高気密・高断熱を図るのではなく、地域に根ざした対応が必要です。
少子高齢化に対しては、生活の一部を共同化するコレクティブ居住やシェア居住の試みがヒントになりそうです。丁先生も研究として取り組んでおられます。
どこの国にも「正解」などなく、制度もどんどん変わります。各地域の個別事情をふまえて、その地域できちんと議論していくことが大切です。世界のどこかにいいモデルがあって、その技術やシステムを学ぶのではなく、それぞれの地域に適合した対応をそれぞれの地域で苦労して進めていること自体を学ぶことが海外調査の本当の意義だと思います。熱心なご討議ありがとうございました。