大阪市立住まい情報センター 平成23年度シンポジウム報告 第3部
第3部
対談「 進化する博物館」
旭山動物園 園長 坂東 元さん&大阪くらしの今昔館 館長 谷 直樹さん
ほんまもんの昔の人のくらしを体感し、学べる今昔館へ
谷 今回、なぜ、旭山動物園と大阪くらしの今昔館なのか、という質問が多くありました。実はどちらも博物館なのです。日本には博物館は5700館ほどありますが、そのうち約6割が今昔館のような歴史系の博物館。動物園・水族館は合わせて200館しかないのですが、集客力では圧倒的に強く、マスコミの露出度も全く違います。今回、動物園のプロの立場で今昔館を見ていただいて、どんなふうに映ったのか、感想をお聞きかせください。
坂東 歴史系の博物館は動物園に比べてあまりなじみがない感覚がありますが、基本的には自分たちの見てもらう物があって、来てもらいたいという思いがあるのは同じだと思います。今日、こちらを見せていただいて、まるで自分の子どもの頃の生活にタイムスリップしたような気持ちになり、そのまま、ここで暮らせてしまうのじゃないか、みたいな感覚を覚えました。民俗系の博物館は、昔、日用品だった物があたかも美術品のような展示物に変わってしまい、さわることもできないし、それがどんな機能を持っていたのかもわからないことが多い。その時点で伝える部分の本質がずれてしまっている。でも、こちらでは掛け軸も美術品ではなく生活の中で飾って見ていた日用品として展示されている。くらしというテーマを実感として感じることができ、ここで体験生活をしたら楽しいだろうなという気持ちになりました。素晴らしい博物館で、ああ、本当はこうだよなとすごく思いました。
谷 博物館の学芸員は、どうしても作品の保存が主眼になります。ですから、来館者が展示物に触れたり、使い方を体験するのはなかなか難しいことです。今昔館では学芸員とずいぶん議論を重ねました。いわゆる「裸展示」には難色を示す意見もありましたが、最後は館長の私が責任を持つことで実現しました。
坂東 うちも動物と人との距離が近い。無理をしたら届いてしまうが、無理をしなかったら届かない。要するにさわらないでね、ということなのですが、そういうやり方で共生的に距離をはかっています。
谷 今昔館の裸展示でも、屏風に穴を開けられるのではないか、小物は持って帰られるのではないか、そういう心配がありました。しかし10年間やっていて、そういう事故は起こらなかった。なぜかと考えると、中途半端に見せると返っていたずらしようと思うものですが、真剣に展示をすると、意外にワンパク小僧もわかってくれるようです。
坂東 やはり、伝わる臨場感を大切にしたいですね。1万人のうち1人がルールを破るかもしれないことを警戒して対策をすれば、あとの9999人に対してやりすぎという気がします。人を信用し、徹底的に自分たちの思いとコンセプトを持ち続けることだと思います。
谷 今昔館の実物大の町家の中にいると、現実と仮想がわからなくなってくることがあります。桂米朝さんが初めて来られた時、町家の座敷に座ってふとタバコを出された。それを見て、私は米朝さんが本物と認めてくれたなあと思って、この展示に自信を持ちました。もちろん、タバコは吸われませんでしたけど。あそこはタバコに火をつけたら煙感知器が作動して、放水が始まります。普通のお客さんでも、昔の世界に入り込んで現実と思い出がまぜこぜになる。だから「ほんまもん」をありのままに見せるのはたいへん大事なことだと思います。旭山動物園は、単に動物が寝ているだけだった昔の動物園とまったく動物に対する考え方が違いますね。
坂東 自分たちは動物をありのままにと思っているのですが、ブームになってから来られた方はマスコミで見ている方が多いので、アザラシはプールにいる、オランウータンは渡る、ホッキョクグマなら泳いでいる、という行為が、見方の価値基準に均一化してしまったところがあります。でも、うちは無理矢理、強制的に見せるとか調教して何かをさせるとかは全くなく、僕たちは誘導し続けているだけ。動物の気分しだいなので、オランウータンが渡らない時もあります。すると、文句をいろいろ言われ、対応が結構辛い時代がありました。だから、もう一回組み立てなおす時期かなと思っています。自分たちにとっては20年も30年も前からアザラシは素晴らしかった。それを多くの人に共感していただけるようになった、ということなので、これから本当に僕たちは何をめざすのか、もっとしっかり目的意識を持って取り組んで行きたいと思います。
谷 ここまできても、また次の課題が出てくるのですね。
坂東 目標や夢は達成することがない。逃げ水みたいにどんどん先へ行きます。
谷 旭山動物園は今までの動物園と違うという期待感があって、マスコミなどでオランウータンの渡りをやっていると自分も見たいと思ってやってくる。ところが、そう簡単には見られない。それが次の旭山動物園の課題なのかなと思います。ライオンが寝ているところを見て、これが動物の昼間の本当の姿なのだと納得してくれるような報まで発信できればいいのかもしれませんね。
坂東 そうですね。ただ、やはり、立ち止まらないで見てください、という状況が一番よくなかったと思います。自分のリズムで見てもらえたら。でも、一生、動物園に足を運ばなかったかもしれない人たちも訪れるきっかけにはなった気がします。もう動物園は卒業だという世代・層ももう一度来てくれています。今昔館にうかがって僕は昔をふと感じましたけど、今の子どもたちには全く別世界なのだろうなと思いました。あの中のトイレもそれを使うことで循環していたくらしがあった。これがないとできない、じゃなくて、なくてもできたことがあったと教えてくれる、素晴らしい可能性を感じました。
谷 見ていただいたトイレは江戸時代のものですが、昭和30年代までは汲取が来て、肥やしにしてそれで育った野菜が運ばれてくる、そういう自然と共生するシステムがありました。今は汚水として処理して捨ててしまう。環境共生という言葉だけの勉強ではなくて、実際に物を見ながら考えていくと、より深くわかってもらえます。
坂東 人間はいい加減な生き物だし、すごくわがままで、すごく残酷で、そんな人間を基準に物を見てしまうから、結局つじつまが合わなくなっているのが今の社会です。人間は自分たちが一体、どんなくらしをしている生き物なのか、もう一回見直さなければいけない時期が来ていると思います。たとえば、電気がなくても、少し不自由になっても原発がない未来を選びますかというアンケートで、結構年輩の人がそっちを選ぶのは、それがない時代を知っているからです。だから、今昔館を見せてもらって、いろいろな物が家になくてもできたことがいっぱいあったよね、とすごく思いました。
谷 最近はとくに生活の変化が激しい。だからこそ、大元のところで歴史を振り返ってみることは決して無駄ではないと思います。時代の転換点には歴史から学ぶことが大切です。今昔館は地味ですが、そんな役割を果たせるようになりたいと思っています。今日は、「展示」に関して確固とした哲学を持ってらっしゃる坂東園長のお話をうかがって、たいへん勉強になりました。今昔館は、実物大の江戸時代の町並みや、精巧な近代の建築模型など、ハードはしっかりと作ったのですが、その中から先人のくらしや知恵をどのように伝えていくのか、それがソフトの問題です。単なるイベントではダメで、展示を体感しながらじっくりと考えることがますます大切になってきそうです。今昔館の次の目標は、開館20年目までに、「大阪くらしの今昔館に学ぶ旭山動物園」になればいいなと思います。今日は旭山動物園から、非常に素晴らしいメッセージをいただきました。大阪の私たちも元気をもらって博物館づくりに一層、励んでいきたいと思います。
第1部 ≫ https://www.sumai-machi-net.com/symposium/archives/1707
第2部 ≫ https://www.sumai-machi-net.com/symposium/archives/1709
第3部
対談「 進化する博物館」
旭山動物園 園長 坂東 元さん&大阪くらしの今昔館 館長 谷 直樹さん
ほんまもんの昔の人のくらしを体感し、学べる今昔館へ
谷 今回、なぜ、旭山動物園と大阪くらしの今昔館なのか、という質問が多くありました。実はどちらも博物館なのです。日本には博物館は5700館ほどありますが、そのうち約6割が今昔館のような歴史系の博物館。動物園・水族館は合わせて200館しかないのですが、集客力では圧倒的に強く、マスコミの露出度も全く違います。今回、動物園のプロの立場で今昔館を見ていただいて、どんなふうに映ったのか、感想をお聞きかせください。
坂東 歴史系の博物館は動物園に比べてあまりなじみがない感覚がありますが、基本的には自分たちの見てもらう物があって、来てもらいたいという思いがあるのは同じだと思います。今日、こちらを見せていただいて、まるで自分の子どもの頃の生活にタイムスリップしたような気持ちになり、そのまま、ここで暮らせてしまうのじゃないか、みたいな感覚を覚えました。民俗系の博物館は、昔、日用品だった物があたかも美術品のような展示物に変わってしまい、さわることもできないし、それがどんな機能を持っていたのかもわからないことが多い。その時点で伝える部分の本質がずれてしまっている。でも、こちらでは掛け軸も美術品ではなく生活の中で飾って見ていた日用品として展示されている。くらしというテーマを実感として感じることができ、ここで体験生活をしたら楽しいだろうなという気持ちになりました。素晴らしい博物館で、ああ、本当はこうだよなとすごく思いました。
谷 博物館の学芸員は、どうしても作品の保存が主眼になります。ですから、来館者が展示物に触れたり、使い方を体験するのはなかなか難しいことです。今昔館では学芸員とずいぶん議論を重ねました。いわゆる「裸展示」には難色を示す意見もありましたが、最後は館長の私が責任を持つことで実現しました。
坂東 うちも動物と人との距離が近い。無理をしたら届いてしまうが、無理をしなかったら届かない。要するにさわらないでね、ということなのですが、そういうやり方で共生的に距離をはかっています。
谷 今昔館の裸展示でも、屏風に穴を開けられるのではないか、小物は持って帰られるのではないか、そういう心配がありました。しかし10年間やっていて、そういう事故は起こらなかった。なぜかと考えると、中途半端に見せると返っていたずらしようと思うものですが、真剣に展示をすると、意外にワンパク小僧もわかってくれるようです。
坂東 やはり、伝わる臨場感を大切にしたいですね。1万人のうち1人がルールを破るかもしれないことを警戒して対策をすれば、あとの9999人に対してやりすぎという気がします。人を信用し、徹底的に自分たちの思いとコンセプトを持ち続けることだと思います。
谷 今昔館の実物大の町家の中にいると、現実と仮想がわからなくなってくることがあります。桂米朝さんが初めて来られた時、町家の座敷に座ってふとタバコを出された。それを見て、私は米朝さんが本物と認めてくれたなあと思って、この展示に自信を持ちました。もちろん、タバコは吸われませんでしたけど。あそこはタバコに火をつけたら煙感知器が作動して、放水が始まります。普通のお客さんでも、昔の世界に入り込んで現実と思い出がまぜこぜになる。だから「ほんまもん」をありのままに見せるのはたいへん大事なことだと思います。旭山動物園は、単に動物が寝ているだけだった昔の動物園とまったく動物に対する考え方が違いますね。
坂東 自分たちは動物をありのままにと思っているのですが、ブームになってから来られた方はマスコミで見ている方が多いので、アザラシはプールにいる、オランウータンは渡る、ホッキョクグマなら泳いでいる、という行為が、見方の価値基準に均一化してしまったところがあります。でも、うちは無理矢理、強制的に見せるとか調教して何かをさせるとかは全くなく、僕たちは誘導し続けているだけ。動物の気分しだいなので、オランウータンが渡らない時もあります。すると、文句をいろいろ言われ、対応が結構辛い時代がありました。だから、もう一回組み立てなおす時期かなと思っています。自分たちにとっては20年も30年も前からアザラシは素晴らしかった。それを多くの人に共感していただけるようになった、ということなので、これから本当に僕たちは何をめざすのか、もっとしっかり目的意識を持って取り組んで行きたいと思います。
谷 ここまできても、また次の課題が出てくるのですね。
坂東 目標や夢は達成することがない。逃げ水みたいにどんどん先へ行きます。
谷 旭山動物園は今までの動物園と違うという期待感があって、マスコミなどでオランウータンの渡りをやっていると自分も見たいと思ってやってくる。ところが、そう簡単には見られない。それが次の旭山動物園の課題なのかなと思います。ライオンが寝ているところを見て、これが動物の昼間の本当の姿なのだと納得してくれるような報まで発信できればいいのかもしれませんね。
坂東 そうですね。ただ、やはり、立ち止まらないで見てください、という状況が一番よくなかったと思います。自分のリズムで見てもらえたら。でも、一生、動物園に足を運ばなかったかもしれない人たちも訪れるきっかけにはなった気がします。もう動物園は卒業だという世代・層ももう一度来てくれています。今昔館にうかがって僕は昔をふと感じましたけど、今の子どもたちには全く別世界なのだろうなと思いました。あの中のトイレもそれを使うことで循環していたくらしがあった。これがないとできない、じゃなくて、なくてもできたことがあったと教えてくれる、素晴らしい可能性を感じました。
谷 見ていただいたトイレは江戸時代のものですが、昭和30年代までは汲取が来て、肥やしにしてそれで育った野菜が運ばれてくる、そういう自然と共生するシステムがありました。今は汚水として処理して捨ててしまう。環境共生という言葉だけの勉強ではなくて、実際に物を見ながら考えていくと、より深くわかってもらえます。
坂東 人間はいい加減な生き物だし、すごくわがままで、すごく残酷で、そんな人間を基準に物を見てしまうから、結局つじつまが合わなくなっているのが今の社会です。人間は自分たちが一体、どんなくらしをしている生き物なのか、もう一回見直さなければいけない時期が来ていると思います。たとえば、電気がなくても、少し不自由になっても原発がない未来を選びますかというアンケートで、結構年輩の人がそっちを選ぶのは、それがない時代を知っているからです。だから、今昔館を見せてもらって、いろいろな物が家になくてもできたことがいっぱいあったよね、とすごく思いました。
谷 最近はとくに生活の変化が激しい。だからこそ、大元のところで歴史を振り返ってみることは決して無駄ではないと思います。時代の転換点には歴史から学ぶことが大切です。今昔館は地味ですが、そんな役割を果たせるようになりたいと思っています。今日は、「展示」に関して確固とした哲学を持ってらっしゃる坂東園長のお話をうかがって、たいへん勉強になりました。今昔館は、実物大の江戸時代の町並みや、精巧な近代の建築模型など、ハードはしっかりと作ったのですが、その中から先人のくらしや知恵をどのように伝えていくのか、それがソフトの問題です。単なるイベントではダメで、展示を体感しながらじっくりと考えることがますます大切になってきそうです。今昔館の次の目標は、開館20年目までに、「大阪くらしの今昔館に学ぶ旭山動物園」になればいいなと思います。今日は旭山動物園から、非常に素晴らしいメッセージをいただきました。大阪の私たちも元気をもらって博物館づくりに一層、励んでいきたいと思います。
第1部 ≫ https://www.sumai-machi-net.com/symposium/archives/1707
第2部 ≫ https://www.sumai-machi-net.com/symposium/archives/1709